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誘惑の土曜日(4)
おしゃれな感じのイタリアンレストランに俺たちはいた。
バイキングと言っても、全部取り皿から取るやつじゃなくて、パスタを注文して、サラダや一品料理は大皿からどうぞという形式らしい。
人気の店らしく、大人のお姉さんやカップルがいっぱいいる。
高校生の姿はオレくらい。
つまり、土御門は皆さんに溶け込んでいるわけ。
ある意味ここも値段のないメニュー出てくるな。
パスタのリストを見ながら、オレは思った。
田舎暮らしと貧乏暮らしが長すぎて、イマイチイメージがつかめない。あんまり外食したことないんだよね。
ナポリタンとかミートソースどこ?
難しい顔をしてメニューを見ていると、土御門がメニューを覗いて来た。
「好きそうなのない? 割と好き嫌いあるほう?」
「好き嫌いはないんだけど、味のイメージがつかめない。どれがおいしいの?」
「ここの店はハズレはないんだけど……」
土御門はメニューを見ると、味の説明を始めた。
長い指がゆっくりメニューをたどる。土御門は綺麗な手をしてる。
あの指がポップコーンをつかんで、それから……それを犬みたいに食べて。滑り込んできた塩辛い指を舐めた……
「ん?」
土御門が固まっているオレを見て首を傾げる。ゆっくりと誘うような笑みが浮かぶ。
はっとして、オレはうつむくと、自分を叱りつけた。
思い出してどうするんだよ!
「えと、ハルと一緒でいいです」
「マジで?別なの頼んで、味見どうぞ~とかしたくね?」
土御門が微笑みながらメニューから目をあげた。
「それ、男同士でやるもんなの?」
「他の野郎とはやんないけど、ななとはしたいな。俺たち仲良しだし?」
微笑みに誘うような色が広がる。
オレがうろたえていると、店員さんが注文を取りに来た。
「春樹くん、どーも」
白いシェフの服の人がオーダー票を持って立っていた。
土御門と同じくらい背が高い。
真っ黒なくせのある髪を後ろで束ねていて、無精髭が生えている。
通った鼻筋に堀の深い顔立ち、ワイルドなナイスガイという容貌だ。
「要 さん?」
土御門が顔をしかめる。
「今日、ここなの? なんで注文取りにくんの?」
「春樹くんがかわいい女の子とツーショットだって、スタッフが言うから、出てきちゃった」
「はあ?」
土御門が不機嫌そうに言う。
「紹介してくんないの?」
ナイスガイがにこやかにオレを見る。
「やだ」
だだっ子みたいな口調に、オレは思わず吹き出した。土御門はますます機嫌が悪くなる。
「俺は斉藤要です。春樹くんのお父さんの会社のマネージャーのシェフで、あちこちのお店ぐるぐる回ってます」
「土御門くんの同級生で、神無月七重です。女の子じゃないです」
オレははにかみながら言った。
斉藤さんは女の子じゃないと聞いて、一瞬おやという顔になった。
「よろしくね」
斉藤さんが手を差し出したので、何気なく握ろうとすると、土御門が横から斉藤さんの手を握った。
「よろしく」
土御門が不機嫌そうにいう。
「なんで、春樹くんが握手してんの?」
斉藤さんが笑いを堪えながら言う。
「なんとなく」
土御門は斉藤さんの手をギリギリと締め上げて言った。
「早く注文取って」
「はいはい。最近の高校生はおっかないね」
結局、オーダーは斉藤さんのお任せになったらしい。
「七重ちゃんの為に、オレが特別に作ってあげる」
そう言って斉藤さんが厨房に引っ込む。
今気がついたけど、なんか店内がざわついている。
なんか、こっち見てるっぽい?
「要さん、カリスマシェフだから」
「え?」
「親父の会社でレストラン関係のメニュー開発とかしてる。元々有名なフレンチレストランのシェフで親父が引き抜いたんだけど、あのルックスだし。当時から人気あってさ」
「へー。なんかかっこいいよね」
「ムカつく」
ボソっと土御門が言う。
「え?」
オレが聞き返すと、土御門はため息をついて、手をひらひらさせた。
「サラダ、取りにいこう」
土御門が立ち上がる。
オレは土御門に続いた。
「うわ、おいしい」
サラダを一口食べて、オレのテンションはめちゃくちゃあがった。
「なんだろね、このドレッシング。オリジナルなんだっけ?めっちゃおいしい。うわ、このカルパッチョもおいしいなあ。タコうまい」
普段貧乏生活してるオレには、すべてがエクセレントですよ。
もしゃもしゃ食べてはため息。
もしゃもしゃ食べては感動。
やー。もう、サラダなくなっちゃう。
は、でもここは食べ放題。
おかわりが出来るのです。
やだ、オレ、幸せかも。
最後のレタスを口に突っ込みながら、あれ?そういや土御門、すっごい静か。
と思って目をあげると…………
土御門がオレをガン見していた。
もしゃもしゃとレタスを咀嚼しながら、おそるおそるアイスティーに手を伸ばす。
ごくりと飲みながら、土御門の手元を見たけど、料理には手がついていない。
「た、食べないの?」
ぱちんと何かが弾けたように、土御門は視線を外すと、口を手で覆った。
なんか、赤くなってる?
「なな、こっち食べてな。俺、おかわり持ってくる」
土御門は皿を取り替えて、席を立つ。
オレ、ガツガツ食ってるとこ見られた?
絶対、百面相してたよね。
うわ~はずかしい。
オレ、食いしん坊確定じゃん。
土御門が置いて行った皿を見ると、さっきとは違うドレッシングがかかっている。
フォークにちょっとつけて舐めると、うわ、これもおいしい。
ちょっと辛い感じ。エスニック?
もしゃもしゃ・・・
おいしいよ!エクセレント!
「うわっ。めっちゃおいしそうに食べてる」
斉藤さんがパスタの皿を持って、立っていた。
また見られた。かあっと頬が熱くなる。
「うまい?」
斉藤さんはパスタの皿をオレの前に置きながら、にっこり笑った。
オレはこくこくと頷いた。
「これ、次のランチのメニューの試作なんだけど、食べてみて」
トマトベースのソースの中に、大きめのエビがいっぱい入っている。上に軽くチーズがかかっていて、フォークを持ち上げると溶けるチーズが糸をひいた。
やばい、これ、めちゃくちゃおいしそう。
まずはエビを突き刺すと、口に入れた。エビは小麦粉かなんかまぶしてから焼いてあるみたいで、外側がカリッとしているのに、中はジューシー。
パスタをくるくる巻いて口に押し込む。トマトとチーズうまい。
「どお?」
ごくりと飲み込むと、オレは、感嘆の眼差しで斉藤さんを見て言った。
「おいしい」
これがカリスマシェフの実力なんですか。すげえなこれ。オレ涙目。
斉藤さんがにやりと笑った。
「かわいいな~、七重ちゃん」
ぽんぽんと頭をなでられる。
「触るな!」
押し殺したような小さな声。果物を綺麗に盛り付けた皿を持った土御門が、斉藤さんを引き離した。
「お店の中だよ。春樹くん」
静かな声で斉藤さんがたしなめる。
「わかってるよ」
目はまったく笑っていない笑みを浮かべて、土御門が答えた。
斉藤さんは周りをちらっと見た。斉藤さんは目立つ人だから、見ていた人もいたみたいだけど、土御門が肩を叩いたくらいにしか思っていないみたいだ。
「よく出来ました」
苦笑を浮かべて斉藤さんがいう。
「うるさい」
土御門は皿をオレの前に置くと、自分の席に座って、斉藤さんを睨みつけた。
「あんなにおいしそうに食べてたのに、びっくりさせて、七重ちゃんが可哀想だろ」
斉藤さんが、土御門の前に置いたパスタを取り上げて、オレの前に置く。
土御門は固まっているオレの顔を見て、歯をくいしばった。
斉藤さんは微笑んで言った。
「これは、春樹くんのいつも頼むやつ。シンプルなペペロンチーノ。
普通のより、ちょっと辛めだから、苦手なら、唐辛子をはじくといいよ」
「は、はい」
「ごゆっくり」
最後まで大人で余裕たっぷりな笑みを浮かべて、斉藤さんは厨房に戻って行った。
斉藤さんがいなくなると、土御門は固まっているオレを見て、頭を抱えた。
「俺、最低」
頭をあげると、真っ直ぐにオレの目を見て言った。
「ごめん。
なな、すげえうまそうに食ってて、俺、嬉しかったのに。店の中で騒ぎを起こして、飯をまずくするとか、マジで最低だ。
要さんはモテる人だし、ななは見たことないような顔で要さん見てるし、要さんはななに触るし。
すげえ腹が立って・・・」
どうしてそれで腹がたつのか、いまいちよくわからない。
わからないけど、土御門はオレがびっくりしたので反省している。
「ほれ」
オレはフォークでエビを突き刺すと、土御門の口元に近づけて軽く振った。
土御門は一瞬戸惑ったけど、ぱくりとエビを食べた。
「おいしい?」
土御門はこくりと頷いた。
「おいしいよね」
オレはトマトのパスタを土御門の前に置いて、笑った。
土御門も釣られて笑う。
オレは土御門の好物だという、ペペロンチーノをくるくると巻いて口に入れた。
「うん、これもおいしいね。…………? か、辛っ!」
オレは慌ててアイスティーに手を伸ばした。げほげほと咳きこんでしまう。土御門が立ち上がって、オレの背中を叩いた。
「それ、俺用って言ってた?じゃ、かなり辛いかも」
オレの飲み物がなくなったから、土御門は自分の烏龍茶をオレに押しつけた。
オレはそれをごくごく飲んだ。
「ごめんな」
ぷはっと息をもらしたオレにほっとしたような顔をする。
それから、土御門はそっとオレの頭に手を置いた。
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