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誘惑の土曜日(5)
「腹が~腹が~」
外に出たオレは呻いた。
「欲張るからだ」
土御門が笑う。
「あんなにおいしいもの、ほっとけないじゃん!」
あの後もオレは百面相をしながらいろんなものを食いまくっていた。
腹がいっぱいなところに、スタッフさんが「斉藤さんからお詫びです」って、スイーツを差し入れして来て、これがまたおいしくて、別腹しちゃったんだよね。
「そういや、斉藤さんがこれくれた」
土御門が会計中に斉藤さんが来て、名刺をくれたのだ。
「いつでもご馳走してくれるって」
土御門が名刺を取り上げて、眺めて固まる。
「うわ、これ、要さんのガチ名刺じゃん」
「え?」
「直通のメアドと電話だ。……相当、ななのこと、気に入ったんだな」
土御門は名刺を硬い表情で見ている。
「うは~。カリスマシェフに食いしんぼを認められた的な?」
オレは土御門が名刺を破り捨てるんじゃないかと思って見ていた。土御門はオレに名刺を差し出すと何か押し殺した調子で言った。
「かもな。ケータイに登録しとく?」
オレは土御門をちらりと見た。土御門の口元はこわばっている。
なんだか、オレはなんだかそれが悲しくて、一生懸命考えていた。
土御門には笑っていて欲しい。
「あのさ、斉藤さんのお店って、メニューに値段のない様な店?」
「そういうのもあるな」
「あの…………あのさ。さっき、可愛くおねだりしたら、連れてってくれるって言ったよね?そういう店」
土御門は少し考えて言った。
「うん」
「じゃあ、じゃあさ、これはいらなくね?ハルに頼めば、一緒に斉藤さんの店に行けるんだろ?」
「そうだな」
土御門は名刺をくしゃっとすると、自分のポケットに突っ込んだ。土御門の口元が緩んで、微笑みが、晴れやかな笑顔が浮かぶのを、オレはうっとりと見ていた。
「んで、いつ可愛くおねだりするんだ?」
「しないよ!気持ち悪いだろ」
オレは自分を抱いて、ぶるぶるして見せた。
「しないんだ? 俺めちゃくちゃ期待してるんだけど」
「いやいや、キモいわ~」
「ななは可愛いよ」
うわ。また来た。土御門のなめらかボイス。戸惑いながら目をあげたオレに、土御門は優しくほほえんだ。
** ** **
「iPhoneのケースが割れたんだよな」
土御門が言うので、でっかい電器屋に行くことになった。
「iPhoneって、ケースないとめっちゃ滑るよな」
「ああ、昨日、枕元の教科書積んでる所に置いてたら、夜中、頭にぶつかった」
「枕元に教科書積むとか、あり得ない」
「オレ、学費免除組だから、割と必死なんだよ」
「まあ、いつ見ても、勉強してるよなあ」
いつ見てもと言われると、結構見てるんですか?と聞きたくなるけど、見てるよ。とか、さらりと言われそうで、ちょっと怖いので黙っておいた。
「うわ、これ全部iPhone用?」
ズラリと並んだケースにびっくりする。
「ななはどんなの好き?選んでよ」
「えー?オレ、センス悪いし」
とか言いつつ、ケースをじっくりと眺める。
オレ、メカスキーなんだよな。実は電器屋わくてか。みたいな。そういや、借り物のiPhone傷つけるのも嫌だから、安いのでもいいから、オレのiPhoneもケースはめといた方いいかなあ。
土御門は安っぽいのは似合わないな~とか思って見ていると、ガンメタル色のケースが目にはいる。
これは。と思って手を伸ばすけど、微妙に届かない。
「くっ・・・」
「あ、これ?」
土御門がさっくりとケースを取る。くそう。何この敗北感。
ん?って感じで土御門がオレを見る。男の背が小さいのがステータスじゃないのが口惜しい。
気を取り直して、オレはケースを見た。ガンメタルのケースはアルミの素材らしく、なんかとてもいい。真ん中がシェイプされてて握りやすそう。
うお、音の向きが変わるですと~。iPhone音が下から出るからなあ。
「これ、かっこいいよね」
オレはうっとり言った。こういう未来っぽいデザイン、大好きなんだよなあ。
「こういうの好きなんだ?ああ、これ、いいかも」
土御門はケースの色違いをひょいひょいと取り出す。
「色は?ガンメタがいい?黒とか赤もある。シルバーも」
「わあ。黒もいいなあ」
「モノトーン系が好き?」
「好き好き。いいよね~」
メカスキーの血が沸騰しまくり。いいなあ、いいなあ。
「色は?」
「オレは無難に黒派だけど、ハルはガンメタか銀かなあ」
オレはガンメタとシルバーを両手に取って、じーっと見た。
「そう?」
「ハルはスタイリッシュでゴージャスな感じだから、黒じゃ無難過ぎるだろ?銀、いや、やっぱ、ガンメタかなあ。うん、ガンメタだな」
はっ!
オレはピキーンと固まった。
なんか、ケースがステキすぎて、きゃっきゃうふふで脳内に浮かぶ言葉をそのままゲロった様な。
オレ、なんつった? スタイリッシュでゴージャス?
ひいっ!
ギギギっと、土御門の方を見ると、若干頬を染めた土御門が、照れたように笑っていた。
う、わ。
オレの顔が真っ赤になる。
「ごめごめごめん」
オレはエビのように後ずさった。
うー。オレ、バカ。
オレはガンメタとシルバーのケースを握りしめたまま、土御門に背を向けて真っ赤な顔のままうつむいた。後ろで動く気配がしたから、ちらっと見ると、土御門は外したケースを元に戻している。
こっちに来たから、前を見てまたうつむいていると、
「これ、買う」
ガンメタのケースを後ろから引っこ抜くと、土御門が耳元で囁いた。
びくんと身体が跳ねる。
「あ、うんうん」
土御門が離れて行く。オレは残ったシルバーのケースを棚に戻そうと背伸びして、落とした。裏に貼ってあった値段が見える。
12980えん?
うっひゃ~高い!
どうしても届かないので、シルバーのケースは、一段下のフックに引っ掛けた。
しかし、土御門、レジで困惑していなければいいが。
オレは土御門が戻って来るまでぷらぷらと店内を見て回った。
エレベーターの横の店内表示を見ている時、誰かに腕をつかまれた。
振り返ると、黒髪の長身の男が立っていた。だらしなくきこなした白のシャツ。長めのくせのない髪が襟にかかっている。
目つきはやたらと鋭い。
「おまえ、誰?」
え?
「なんで、春樹といんの?」
土御門の関係者?
静かな声だけど、明らかな悪意がこもっている。
オレが答えれずにいると、つかんだ手に力が入る。
「答えろよ」
答えろと言われても。ギリギリと捕まれた腕が悲鳴をあげる。
「は、離せ!」
オレはびびりまくって腕を振りほどこうとしたが、相手はやたら力が強い。
「答えろ」
ドスの効いた声。マジでこわい。
「真 ?」
土御門の声がする。
捕まれた腕が離されて、オレは後ずさった。
「おまえ、何やってんの?」
土御門が静かに尋ねる。男の険しい表情がさっと消えた。
「神無月くんに挨拶してたんだ。学校一の秀才に校外で会えるなんて、珍しいからね」
「?!」
さっき、こいつ、オレに誰って言ったよな?
にこにこしながら、オレに真と呼ばれた男が近付く。オレはびびって、一歩下がった。土御門がオレの前に割って入った。
「神無月が脅えてるだろ」
「…………」
あ、こいつ見たことある。オレは思い出した。土御門と同じクラスで、いつも一緒にいる奴のひとりだ。
「お前、帰れ」
キッパリと土御門が言い渡すと、男の目に怒りが浮かんでオレを睨んだ。怒りは一瞬で消えて、またにこやかな表情になる。
「神無月くん……またね」
男はにっこりと笑うと、手をひらひらさせて、店を出て行った。
「大丈夫か? あいつに、なんかされた?」
「腕を、捕まれただけ」
腕が赤くなっているのを見て、土御門が激しく毒づいた。
「あいつ、誰?」
「分家の息子で、片方真 って言うんだけど。同じクラスなんだ。
ボディガード気取りでオレに近付く人を選ぶ権利があるって、勘違いしてる」
「そうなんだ」
つまり、
オレは認められなかったんだ。ぽしゅんと、膨らんでいた何かが消えた。
帰りは素数を数えなかった。
元気をなくしたオレを土御門は心配しているみたいだが、さっきの出来事は、オレを元のオレに戻してしまった。ガリ勉で頭はいいかもしれないけど、特に目立たない神無月七重。土御門の隣にいるはずのない人間だ。
駅前に土御門はバイクを止めると、ヘルメットを脱いで言った。
「家、どこ?」
「あ、うち、ボロいから。恥ずかしいからここでいいよ」
「送ってく」
「ほんとにいいよ」
オレはバイクを降りて、メガネを外すと、ヘルメットを脱いで、土御門に渡した。
息を吸うと、バイクの後ろで練習していたセリフを吐き出す。
「あのさ、思い出したんだけど、片方くんだっけ?
彼も学年上位だよね?
片方くんなら土御門くんを教えることが出来るんじゃないかな?
それがダメでも、土御門くん家なら、相応しい家庭教師とか見つけられると思うんだ。
だから、オレは……」
「なな」
遮るように土御門が言った。
「オレは……」
そう言いながらじりじり後ずさる。気持ちがすごく後ろ向きになってた。
「なな!」
土御門はオレの手を引っ張ると、近くに引き寄せた。
「これ、充電器。あと……これも」
肩に掛けていたポーチを開くと、土御門はオレの手に、充電器と細長いパッケージを乗せた。
それは、アルミのiPhoneケースだった。
黒いケース。
「無難に黒って言ったけど、俺は、ななにはノーブルでエレガントな黒だって思ったんだ」
「これ、すっごい高かったよね」
「値段は別にいいんだ」
「どうして、こんなことしてくれるの?」
苦笑いが土御門の顔に浮かぶ。
はあ。と土御門はため息をついた。
「今は……言えない」
土御門はヘルメットをかぶって、シールドをあげた。
「送るから、乗って」
オレは頭を振ると、土御門から離れる。
土御門はシートを拳で叩くと、オレを見て言った。
「うちに着いたらメールして」
オレは頷いて歩き始めた。後ろでエンジンのかかる音がして、遠ざかって行く。
オレはトボトボと家路についた。
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