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逃亡の月曜日(1)
人目を引くのは嫌だったから、荷物は最低限にした。厄介なのは教科書一式だ。まだ授業があるから、全部持って行かないといけない。
土御門は帰りに取りに寄ればいいと言ったけど、家を知られるのは絶対嫌だった。
猫に追われる鼠には、秘密の巣穴が必要だ。
オレの家から学校までの間、肩に食い込むリュックにめまいがしそうになる。マジで肩痛い。
「七重?」
声をかけられて振り向くと、高橋がいた。
「お前、朝練は?」
「昨日、練習試合で、今日は休みよ。なんかリュックでかくね?」
「今日、ちょっと帰りに寄り道して、そのまま泊まるから、教科書とか着替え入ってるんだ」
「へー。七重がそういう交流珍しくね?何すんの?」
「さあね」
「はあ?なんだそれ?」
「こっちが聞きたいよ」
オレは吐き捨てるように言った。
「七重、怒ってる?」
「別に」
オレはリュックの肩ひもを引っ張った。これ、絶対痣ができてるよなあ。ひ弱で生っ白い身体は鬱血しやすい。土曜日、片方だっけ、あいつにつかまれた所も、うっすら痣になっていた。
高橋が見かねて声をかけてきた。
「…………まあ、貸せよ。リュック持ってやる」
「ありがとう」
いい加減、クソ重い荷物にうんざりしていたから、オレは素直に荷物を渡した。
「うわっ。おもっ」
「教科書一式入れたからな」
「教科書って、学校に積んでおくものじゃないの?」
オレは心底呆れて高橋を睨んだ。高橋は構ってもらって嬉しいわんこみたいな笑顔を浮かべている。
「お前、少しは真面目に勉強しろよ」
「しなくていい勉強はしない主義だし」
「呑気だな」
オレが言うと、高橋がニヤリと笑う。
* * *
ぎゃあぎゃあ高橋が騒ぐ。
「まじっ、おもっ!死ぬ!腕ちぎれる!」
「クラブで鍛えてるんだろう?」
「オレはサッカー部だっつ~の」
「マジックテープの財布の罰だ。頑張れ」
「あ?あれ?やっちゃった?やっちゃったの??」
「うるさい!」
二人で大騒ぎしていると、視線を感じた。
ふっと目をあげると、二階の廊下に茶色い髪が見えた。
────土御門だ。
お出ましか。オレの笑いは消えた。
下駄箱で高橋からリュックを受け取ると、オレはそれを背負った。
マジで重い。
土御門がやってきた。
「荷物、持つよ」
オレのリュックに手が伸びる。
オレはびびって、後ろに飛びのいた。土御門の顔が曇る。
「七重、こうすりゃよくね?」
高橋がリュックの尻を持ち上げる。あ、ちょっと軽いかも。
高橋は土御門に気づいていなかったようだ。
土御門の表情が凍る。
そういや土御門、高橋のこといやに気にしてたな。
仲良く登校とか、勘違いしたか?
「あ、大丈夫。お構いなく。高橋。行こう」
土御門はとんでもない怒りのオーラを放っていたが、知るかそんなもん。
土御門が見えなくなってから、高橋が震える声で言う。
「なんか今、土御門に睨まれた気がする」
「そうか?」
俺と高橋は列車のように、教室を目指した。
「ご褒美に、今日提出の課題を見せてやろう。ってか、それがお手伝いの目的だろ?」
「七重、マジ天使!」
「まる写しはダメだぞ」
オレはプリントを取り出した。その時、校内放送が鳴る。
『二A、神無月七重、職員室、担任まで来なさい』
「うお、お前呼び出し?珍しいな」
オレは高橋にプリントを渡すと、職員室に向かった。
担任の佐々木春馬がオレを待っていた。科学担当の佐々木先生はホストみたいな容姿をしている。だけど、着ている服は至って地味で、スーツのパンツに、Tシャツ。白衣を羽織って腕まくりをしている。
「おはようございます」
「おはよう。お前、土御門の勉強を見ることになったんだって?」
職員室には通達済みなんだ。どこまでやるつもりなんだよ。
「そうですね」
オレは投げやりに言った。佐々木先生はそんなオレに眉をひそめる。
「お前、大丈夫なのか? 学費免除組が他人に関わってる暇なんかないぞ」
「オレもそう思いますけど、乗りかかった船なんで、しょうがないです」
はあって佐々木先生がため息をついて、じっとオレの顔を見る。
「言いずらいが。
お前の成績が下がるのもまずいが、土御門の成績が上がらないのもまずい。
土御門は元々成績はいいが、あまり評判のよくない連中との付き合いもあるから、お前がそっちに引っ張られて成績がガタ落ちってことになると、相当まずい。…………それと、土御門の成績が、上がらなければ、お前の指導がという事になる。──わかるよな?」
「オレの評価が下がるってことですね」
「そうだ。理想は神無月は維持、土御門の成績が上がることが一番だが、最低でもお前の成績は下げないようにすることだ」
「はい」
思いついて、ついでに聞く。
「ちなみに、土御門の成績、今回どれだけ下がったんですか?」
「個人情報をいうわけにはいかないが、相当って感じだな」
「親がびっくりして、勉強してくれるなら、なんでもいいって思うレベルですか?」
「…………そうだな」
「わかりました。気をつけます」
オレは頭を下げると職員室を出た。
問題は。
土御門がどこまで嘘をつくつもりなのかということだ。
あいつは馬鹿じゃない。
あいつは狡猾で行動力がある。望みを叶えるだけの人脈と財力がある。
もし、先生の言ったことが本当なら、例えばオレの行動で、土御門の成績が上がったり、下がったりするのなら、そして、それによってオレの評価が変わるのなら、土御門はオレに対して力を持っていることになる。
土御門はそれを知っているだろうか? 知っていて、利用するつもりか?
佐々木先生のいう通り、最悪なのは俺たち二人が共倒れすることであって、土御門の成績のことはそれほど気にすることはないだろうけど、片方の様な人間が側にいるなら、何をされるかわからない。
ぎりっとオレは歯を食いしばった。
きっと、土御門はずっと前から計画していた。自分の成績をわざと下げて、周りの不安を誘って。その先を計算していないと、どうして言えるだろう。
勉強をすること、又はしないことで、オレを操ろうとしないと誰が断言出来るんだ。
怖い。オレはめちゃくちゃ怖くてしょうがなかった。
震える手でメガネをとる。視界がぼやけると、ほんの少しだけ安心する。
そう。オレは土御門の家庭教師だ。
それ以外の接点なんかいらない。
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