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戸惑いの火曜日(2)

土御門は早々に食べ終わると、ソファーで携帯を見ていた。 ため息をつくと、画面をロックして立ち上がる。 「今日は学校どうする?」 腹いっぱいになったオレに土御門が聞く。 「あ、制服」 「ドロドロだったから、母屋で洗って貰った。帰って来てるよ」 「急がないといけないような時間かな」 オレは時計を見ると慌てた。ここがどこかわからなかったけど、電車で移動するならそれなりに時間を見ないといけないだろう。 「車、出すから……まだ余裕」 「土御門と一緒にってこと?」 「そうだな」 「い、いや。それはどうかと」 「…………俺と行くと、騒ぎになるって思ってるなら大丈夫」 「どゆこと?」 「もう大騒ぎになってるってこと」 「は?」 「昨日の話、したよな?」 「うん」 「噂になってるらしいよ」 噂ってなんだ?怖くて聞けない。 「じゃあ、ますます一緒じゃない方が」 「なながどうしてもって言うならしょうがないけど、一人で晒し者になるのと、二人で晒し者になるの、どっちがいい?」 「え?」 「なんか、俺たち公認カップルってことになったみたいだし」 「は?」 土御門の顔が赤くなる。 「昨日、ななを探して……いなかったから、少し……取り乱したんだ」 どういうこと? 「何やったの?」 「恥かしいから……言いたくない」 そう言って顔をふせた土御門をそれ以上問い詰めることは出来なかった。立ち上がるのさえ身体が相当痛いのと、一人で晒される度胸がないので、土御門と車で登校することにする。 今日はそれほど重くないリュックをしょって、促されるまま、傷ひとつない高級そうな車に滑りこむ。いかにも場違いにちょこんとリュックを抱えて、おそるおそる車内を見回した。昨日は疲れてて、よくわかんなかったけど、黒塗りの車の中はこうなってるんですね。すげえ。 そんなオレを見て、土御門が表情を緩める。いや、笑い堪えてるような気がするんだけど、気のせいだよな。 学校に到着。 なんつーの? オレたち、新郎新婦?なんかみんなが、おめでと~おめでと~よかったね!みたいな?なんでこうなったの? おどおどしまくるオレに対して、土御門は平然としている。いや、元々すごく注目を集めてたからこんなのいつものことで、当たり前なのか。他人の視線に慣れてないオレをさりげなくかばうように歩くのになんかむかつく。別に女の子じゃないんだから、エスコートとかいらないし。 「まずは職員室かな」 学年主任の先生に謝りに行く。 「昨日は申し訳ありませんでした。神無月くんには許して貰いました」 土御門は頭を下げた。 「オレも過剰反応して、学校抜け出してすいませんでした」 オレもぴょこんと頭を下げる。 「昨日は学校、大騒ぎだったんだぞ。土御門は校庭で神無月の名前をわめくし」 わめいた? 土御門が? オレの名前を? チラリと土御門を見ると、赤面している。 オレはあんまり他人に興味がなくて、いろんな奴のことを知っているわけじゃないけど、土御門とそのグループはすごく目立っていたから知っていた。というか学校で知らない奴はいないよな。生徒会とか霞むくらいに頭のいい奴や、顔のいい奴が集まっていて、それにさらに人が群がっているという印象だった。 その中でも土御門は超然としていて穏やかで、いかにも上流な家の高貴な雰囲気っていうのを醸し出していた。 そんな土御門がわめくなんて、よっぽど動転していたんだろう。 オレが泣いて逃げたから、なのかな。そう思うと胸がちりちりする。 「すいません」 土御門がまたそう言って、頭を下げた。上品に下げられた頭に、先生のほうがたじたじとしてしまう。 「土御門と勉強と思うと不安になる気持ちはわかるが、神無月もあんまり難しく考えずに、自分の勉強を優先しつつ、土御門の指導をするように。教えるって言うのは、社会に出てからも必要なスキルだからな」 「はい」 しかめっつらしく言う学年主任にオレは素直に頷いた。主任の先生に放免されて、職員室を出ようとすると、帰り際、担任の佐々木先生に呼び止められた。 「ちょっといいか、神無月」 「あ、はい」 立ち止まったオレの横で、土御門も足を止める。 「神無月に話があるんだ」 そう冷たく言う佐々木先生に、土御門の表情が硬くなる。 二人の様子に戸惑うオレに、土御門が言った。 「廊下で待ってる」 別に待ってなくても。そう言いかけて、土御門のこわばった表情を見て言葉を飲み込む。そういえば昨日、先生に呼びとめられてって言ってたっけ。佐々木先生と土御門の視線が合って、もしかして、それって佐々木先生だったのかなって思う。家庭教師のことも大丈夫なのかって気にしてたもんな。 土御門が行ってしまうと、ぎいって椅子の背もたれを揺らして先生がオレの顔を探るように見る。その視線に、緊張してしまう。佐々木先生がオレの目を見ながら言った。 「はっきりしときたいんだけど、イジメとか、そんなんじゃないんだよな? 何か、脅されてるとか」 ……これは。もしかしてチャンスなんだろうか。佐々木先生に事の顛末を話せば。 口を開いた瞬間、苦しさを吐き出すように掠れた声が頭をよぎった。 『側にいたいんだ』 土御門の言葉がオレの背筋を撫でた。 話せば逃げられるかもしれない。 でも、そんな風に逃げたら……オレ達はきっと引き離されてしまうだろう。もう後には引けなくなる。オレはそうしたいのか。あの何かわからない熱を秘めた瞳から、本当にきっぱりと逃げてしまいたいと思っているのだろうか。 オレは目をぎゅっと閉じた。 ダメだ。 オレは息を吸うと静かに言った。 「そうじゃないです」 佐々木先生は納得していない様だったが、オレは認めなかった。似たような質問をすべて否定で返すと、佐々木先生はため息をついた。 「わかった。でも、何かあったらちゃんと相談するんだぞ」 「はい」 頷いて職員室を出ると、廊下で待っていた土御門が寄ってきた。 「なんだって?」 「イジメや脅しじゃないんだろうなって」 「そっか」 何気ないふりをしていたけど、口元がこわばっている。 「そうじゃないって言った」 はっとしたように土御門がオレを見る。その瞳に紛れもない喜びが浮かぶのを見て、心臓の音がうるさくなる。 「別に許したわけじゃないからな」 オレはつんと顔をあげて言った。 「文句なら直接言うってだけ。そうだ。学校では神無月って呼べよ。オレも土御門って呼ぶけど、絶対悲しい顔するな」 ちらっと横を見ると、穏やかに微笑んだ土御門と目が合う。なんでそんなに嬉しそうかなってぷんとまた顔を上げた。くすって笑う声が聞こえた。 「うちでは?ななって呼んでいい?」 「まあ、それは……約束したし」 滑らかな声にそう返事をして、ますますつんつんと顔をあげる。 「ハルって呼んでくれる?」 「それはダメだな」 「なんで?」 「まだ怒ってるから」 土御門が吹き出して、オレはむっとして土御門を睨みつけた。笑み崩れた土御門が瞳を輝かせてオレを見る。その顔になんだか地団駄を踏みたいような気持ちになった。

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