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戸惑いの火曜日(3)
なんだかんだで注目されまくりの一日だった。
土御門が休み時間の度にオレのところに来ると、きゃあきゃあ女の子達が叫んで迷惑この上ない。高橋はじめっとした目でオレを見て、あれ、なにとか言うし。そんなのむしろオレが聞きたいよ。
もともと体力ってものが全くないオレは、一授業ごとに体が辛くなっていった。慣れない視線もその手伝いをして、授業が進むたびに体調が悪くなっていく。
それを心配した土御門は、授業が終わると、さらうように車にオレを押しこんで家に連れ帰った。
「疲れた~」
他人の目のない土御門家の離れに着くと、オレは脱力して言った。
「まあ座れば?」
土御門がソファを目で示すと、オレは素直にソファに腰かけた。
「明日もあんなんかなあ」
「そうかもな。まあ、休み明けには落ち着くだろ」
土御門はやかんでお湯を沸かしはじめる。
「紅茶煎れるけど、あったかいのと冷たいのどっちがいい?」
「土御門が作ってくれるの?」
びっくりしてオレは土御門を見た。土御門は柔らかく微笑むと、棚からティーセットを取り出した。
「味は保証できないけど。ケーキは母屋から持って来て貰って、冷蔵庫に入ってる」
「ケーキあるのか? なら、あったかいの!」
「紅茶の種類の指定とかある?何種類か持って来て貰ったけど」
「ないない。いつもティーパックの安茶だもん」
「じゃあ、定番でアールグレイかなあ。香りついててもいい?」
「いい」
「了解」
お湯が沸く頃には、キッチンのテーブルにはものすごくおいしそうなチーズケーキと焼き菓子が並んでいた。
オレはテーブルに座ってわくわくしながら手慣れた様子の土御門を見ていた。
「本当はカップとか温めるんだけど、ななが待ち遠しそうだから、今日は省略」
土御門がカップに紅茶を注ぐ。
「ミルクは?」
「入れた方がおいしい?」
「英国式は必ずミルクと砂糖が入るけど、好みかなあ」
「じゃあ、このまま飲む」
「どうぞ」
温かい紅茶をすする。
「うわ。これ、すごくいい匂い」
「アールグレイっていうのはベルガモットっていう柑橘系の果実の香りなんだけどさ、ちょっと果物の香りとは思えないよね」
「え?これ、果物の匂いなの?知らなかった」
「気に入った?濃すぎない?」
「おいしいよ」
うんって頷いてまた紅茶を飲むと疲れが抜けていく気がした。はあってため息をつくと、土御門が柔らかく微笑む。
「よかった」
「土御門が自分でこういう事するって意外だ」
「自分の為にはやらないけど。斉藤さんとこでバイトしたり、まぁいろいろしてたからなあ。そこそこ出来る」
「お家の仕事、覚える為?」
「そんな感じ」
「偉いんだな」
「ななの為になったから、やっといてよかった」
「え?」
「和んだ?」
土御門は柔らかい笑顔が大きくなる。その笑顔になんだか顔が熱くなるのを感じた。
リラックスした様子でダイニングテーブルに腰をかけた土御門は、男のオレから見ても魅力的な存在だと思う。制服の白のベストを脱いで、ボタンを何個か外したワイシャツから、滑らかで健康そうな肌がのぞいている。組まれた脚がその長さと洗練された雰囲気を強調して、少しだらしなくついた肘が、親しみやすさを感じさせている。
高級そうなカップが口元に運ばれて、暖かいアールグレイを静かにすする。飲み込んだ喉仏が動くのをオレはじっと見ていた。
ん?視線に気がついた土御門がオレを見る。その榛色の瞳には、金色の斑点が穏やかに輝いていた。
オレの心臓が大きく跳ねる。その音はどんどん大きくなって、和むどころか、土御門はオレの心臓に悪いんじゃないか?って思う。
「どうしたの?」
きっと顔が真っ赤になってるだろう。ぱくっと開いた唇を閉じて、おちつけよって心臓を押さえる。そんな様子のオレに、土御門の穏やか笑顔が少しずつ変わっていく。それは……なんだろう。笑顔が甘くなって穏やかなではない何かにすり替わっていく。
金色を浮かべる瞳から目を離せない。微笑んだ唇が掠れた息をはいて、魔法をかけるように言葉を吐き出す。
「お茶が終わったら、何をしようか」
何って、何だよ。
オレの心臓が激しく動く。
「…………いろいろ教えてくれるんだろ?」
きゅって喉の奥で息が詰まった。教えるって……
* * *
という訳で、オレ達は
勉強しています。
うん、まあ、常識的に考えて、オレが土御門に教えれるものが他にある訳がないよね。
まあ、勉強ってか、勉強の前の打ち合わせか。
「とりあえずの目標は、休み明けのテストで、前と同じくらいの順位でいいのかな?」
「そうだな」
「休み明けのテストだけだったら、課題8割、1学期の範囲から2割だから、割と楽勝な気がするんだけど」
「それとも、基礎からざっとやり直す?」
「うん」
生返事? 顔をあげると、土御門は頬づえをついてオレを見ていた。
「ん?」
オレが不思議そうに言うと、土御門は微笑んで言った。
「学校にいる時のななだなあと思ってさ」
「え?」
「クラスが違うから、じっくり見るの初めてだ」
「じっくりって」
「いつもは、通りすがりちらっと見るだけだから」
この間、廊下を歩く土御門と目が合ったのを思い出した。鮮やかな勝ち誇った笑み。
あれは。
もしかして、やっとこっち見た~みたいな?
顔に血が昇る。
「み、見てたんだ?」
「見てたよ」
土御門が微笑む。
「で? 休み明けテストメインか、基礎学力アップかって話なんだっけ?」
オレは真っ赤な顔のまま、こくりと頷く。
「ななに恥をかかせる訳にはいかないから、まずは順位を元に戻すよ」
オレが勉強を教えてて成績が上がらなかったらって考えてくれるんだ。びっくりした顔をしたオレにハルが微笑む。
「飯、なんか頼んでから少しやろ?」
そう言うハルに、んって頷いてテキストを開いた。
** ** **
「なんかこう、気が引けちゃうなあ」
めちゃくちゃおいしいステーキをつつきながら、オレは言った。
「俺に時間を使う分、フォローするって親父が言ったんだから、別に気にすることないよ。簡単なものしか頼んでないし」
「オレ、太りそう」
そう言いながら、ステーキを口につっこんでうっとり咀嚼していると、土御門が微笑む。
土御門は食べてるオレを見るのが好きみたいだ。
まあ、面白い顔してるんだろうけど。
なんとなくだけど、土御門に餌付けされてる気がする。
「ななはスレンダーすぎるから、気にすることない」
「す、スレンダー?」
それは、女への褒め言葉だろ?
かあっと赤くなって土御門を見る。
土御門の笑顔が意地悪になる。
「俺、見たしな」
「??」
「脱衣所で、ストリップしてるの見たし。風呂で倒れたの運んだの俺だしね」
「う…………」
オレの身体を驚愕の表情で見ていた土御門が鮮やかに蘇る。
「ひ、貧相なものをお見せして、申し訳ありません」
「貧相とか思ってるんだ?」
土御門が眉をあげる。
「思ってるよ!もっとタッパがあって、肩幅とかあってさ!男らしい身体がいいし!」
「ふ~ん。まあ、そういう身体が理想だとしても、ななの身体が貧相だってことにはならないな」
「な、何を」
「俺がどう思ったか聞きたい?」
土御門が艶やかに微笑する。
オレは真っ赤な顔で土御門を凝視した。
「どんな風に感じたか、教えてやろうか?」
オレは激しく首を振った。
「残念」
土御門はくすくす笑うと、それからにっこり微笑んだ。
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