16 / 39

戸惑いの火曜日(4)

「明日の朝、また来る」 晩飯が終わった後、二人で片付けをしている時、土御門が言った。 「あ。うん」 そうか。土御門は母屋に自分の部屋があるんだもんな。 「一人で大丈夫?」 「いつもアパートじゃ一人だから」 「そうか」 最後の皿を拭いていると、土御門がオレをじっと見ている。 「ん?」 オレは拭いた皿を他の皿に乗せた。 シンクに寄りかかった土御門がすっと手を差し出した。 「え?なに?」 「またねの握手」 「なんだそれ」 オレは笑いながら、軽く土御門の手に触れた。 その手は触れるとひんやりしていて、微かに震えていた。緊張してるのか? どうして…… 瞬間、土御門が勝ち誇ったように笑顔を見せる。 手をしっかりとつかまれて、ぐいっと引き寄せられた。 突然のことにふんばることも出来なくて、そのまま前によろける。倒れる身体をしっかりとした腕が受け止めた。オレは……土御門の腕の中にいた。 「なな」 耳元で土御門が囁く。 ため息混じりの囁きに、オレの身体は震えた。 「な、なに?」 「またねのハグしてる」 離れなくちゃと思うのに、離れることが出来ない。身じろぎすると、逃すまいとするように、腕に力が入る。 足がゼリーみたいだ。 ぐにゃぐにゃの足からかくんと力が抜けて、オレは土御門にもたれかかってしまう。 どきどきする心臓が短い吐息をつくる。離せよって思いが仔犬が鼻を鳴らすような音になった。甘えるようなその音に、なにやってるんだよって自分が信じられない。 「ヤバ」 真っ赤な顔の土御門が、オレを引き離す。 「なな、破壊力ありすぎ」 はっとなったオレはもだもだと後ずさる。土御門はそんなオレを見て切なそうに息を吐いた。 「明日の朝、また来るね」 オレがうんって頷くと、土御門はため息をついて、玄関に向かった。 オレは引き止める言葉を必死でかみ殺して見送った。 バタンって扉が閉まる音、段を降りる音、早足で去っていく足音。 それに聞き耳を立てながら、震える両手を抱いて立ち尽くす。 土御門が行ってしまうと、リビングの電気を消して、オレはふらふらと寝室に向かった。 部屋の電気をつけて、制服をハンガーにかけながら脱ぐ。 ズボンを腰から引っ張り降ろす。脱ぐ前からわかっていたけど。 ……やっぱ勃ってる。 なんなんだよ、オレ。恥ずかしさに頬が熱くなる。 誰が知らなくても、オレ自身はそれが土御門から与えられたものだと知っていた。めちゃくちゃショックなんだけど。ふらふらとバスルームに向かい、脱衣所でトランクスを降ろして全裸になった。 バスルームに駆け込むと温かいお湯を絞って、耐えられる限界まで冷たくしたシャワーを浴びる。 「っ……!は……あっ」 刺すような冷たさに身体が震えた。 収まってないじゃん。 少しは小さくなったみたいだけど、明らかに起立した自分にいらだちの涙が込み上げる。 なんで……こんなん。 そもそもオレは、そっち面では淡白で、こうなるとどうしていいかわからない。震える手でシャワーを止めると、熱を持った部分を乱暴にこする。 「んっ……んっ……」 必要もないのに、声を押し殺す。 『なな』 背筋を震えが走る。 思い出すな。別なことを思い出そうとしても、快楽が強くなると土御門の柔らかな声が全身を粟だたせる。 『どう思ったか、知りたい?』 知りたい。熱い息を吐いた。 風呂で倒れたオレを見て、土御門はどう思ったんだろう。 気持ち悪くはなかったのか? 『貧相だってことにはならない』 ならばどう見えたんだろう。 土御門はオレの身体を見て……楽しんだのか? 「あ……っく。んっ」 押し殺した声をあげながら、必死に土御門の影を払おうとするのに、その度に土御門の瞳が浮かぶ。 映画館でオレの手に触れた指先が、オレの敏感な部分をなぞる。 オレの手のひらを舐めた舌先がオレの欲望をなぞるのを想像すると、快感に身体がびくびくと震えた。 めちゃくちゃな罪悪感と快楽が背筋を這い回って、手の中でぬちゃぬちゃといやらしい音を立てる。 押し殺した唇の隙間から切迫した声が漏れた。 「ハルっ……あ……ハル!」 放たれた精がバスルームを汚す。 快楽に混乱した頭に少しづつ理性が戻ると、オレはどうしようもない罪悪感に押し潰された。 のろのろとバスルームを清め、半泣きになりながら、ごしごしと泡立てたタオルで身体をこすった。 もう、言い訳は出来ない。 オレは土御門春樹に欲情したんだ。

ともだちにシェアしよう!