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困惑の水曜日(3)
今日は何曜日?まだ水曜日か。
金曜日が終業式で半ドンだけど、あと2日か。長いな。
土御門が家庭教師になって欲しいって言い出したのが、先週の木曜日なんだから、まだ一週間も経ってない。
勉強だけしてればいい的な、薄い人生を送っていたオレにとって、ここ数日の出来事はちょっと濃すぎる。
昨日は寝てないし、今朝はメシも食ってない。
あと、ためらいなく男とキスしそうになった。
昨日は課題どころじゃなかったから、業間は課題をこなさなければならなかった。
というわけで、4時間目が終わったオレはメガネを外すと机に突っ伏して目を閉じた。
「七重?」
高橋が声をかける。
「ごめ、ちょっと寝かせて」
「お前、マジ大丈夫なのかよ」
高橋は心配そうだ。
「五分寝れば、いける」
オレはそのまま意識を手放した。
「なな」
頭をなでられて、目が醒めた。
はっと目を覚ますと、土御門が立っている。
あれ?
なんか空気がおかしい。
目をこすって、あくびをするとメガネをかける。
あれ、高橋がまだいる。
「あれ、高橋、昼練は?」
呑気に声をかけて、高橋が険しい顔をしているのに気がついた。
「休みが近いから、今日は休み」
オレには目を向けずに高橋が答えた。何をそんなに怖い顔で見てるんだろうって、視線を向けると、高橋が睨んでいるのは土御門だった。
「なな、メシに行こう。今朝食ってないだろ?」
そう言われて、土御門を見ると、土御門も怖い顔をしている。視線は高橋を見ていて。
えーっと。
高橋と土御門が、どうも睨みあっている様だ。
どうしてこうなった。
「オレ、寝ていい?」
まだ眠気が抜けないから、ぼんやりとそう聞いた。
「ダメだ」と土御門。
「いんじゃない?」と高橋。
また二人が睨み合う。
ものっそ注目集めてるよな。んで、寝てる場合じゃないよな。
「なんか、ケンカしてんの?」
「別に」と高橋。
「してない」と土御門。
でも表情は硬くて怖い。なんなんだよお前ら。
チラリと時計を見ると食堂行ってメシを食うのに間に合うギリギリの時間。
間に合わないんだったら、購買で残り物のパンを買うしかない。
寝れないなら、食うしかないか。
オレは立ち上がると教室を出ようとした。
「どこ行くんだ?」
土御門が声をかける。
「食堂行って来る」
「俺も行く」
土御門がついてくる。
「高橋は?」
オレは振り返ると高橋を見た。険しい表情が和らぐ。
「オレ、弁当だけど食堂ならついてく」
というわけで三人で食堂へ。
「何くう?」
オレが聞くと、高橋がジャリ銭を券売機に突っ込みながら答える。
「オレは弁当あるから、ラーメンかな」
つーか、弁当あるのにラーメンとかマジかよ。
「ななは?」
だから、学校でななって呼ぶなよ。土御門をギリっと睨む。
土御門はどこ吹く風って微笑んだ。
「オレはワカメラーメンって決まってるんだ」
「ワカメラーメンね」
そう言って金を入れようとする土御門の手をぺちんと叩くと、自分で千円を差し込む。
「土御門は?」
券とお釣りを拾いながら、土御門に聞く。
「………チャーシューメン?」
「セレブめ」
うわ、席がいっぱいだ。この時間じゃなってきょろきょろすると、高橋がちゃっかり席に座って手を振っていた。食券を受付に出して、半券を貰って、高橋の向かい側に座ると、土御門が隣に座った。
高橋が鼻歌を歌いながら弁当を開く。
うわ。弁当の中が輝く様だ。
焼き加減最高の卵焼き、こんがりキツネ色の唐揚げ、デミグラスソースのかかった、スコッチエッグ。タコさんになったウインナーに、バルキリーリンゴ。彩りにゆでたブロッコリーが散らしてある。
「相変わらず、高橋の家のかあさんすごいな」
オレが目をキラキラさせて見あげると、ふふんと高橋が鼻を高くする。
「弟にはキャラ弁とか作ってるしな。オレのはなんか茶色い」
「茶色い弁当は正義だろ」
「まあな。部活あると、食わないと持たないし」
ゆで卵の入ったスコッチエッグを割ると、高橋がオレに差し出した。
「ほれ」
オレは差し出されるまま、スコッチエッグを口に入れた。高橋がにっこり微笑む。わあ、これ、ひき肉の周りパン粉つけて揚げてるんだ。まじうまあ!
「おいしい」
頬を押さえて悶えると、高橋がにやにやした。
「だろ」
ギリっ……なんか聞こえた、か?隣から不穏な空気を感じて、ギギギっと視線をあげると、土御門が最高に不愉快という顔で高橋を見ている。高橋が平然とその視線を受け止めて、にやりと笑う。は?高橋ってこんなんだっけ?いっつもはもっと、こう、ふにゃってしてるよな。睨まれたら「こわーい、七重ぇ!」みたいな。
あれ?
その時、食堂のおばちゃんがオレたちのラーメンの番号を呼んだ。
「おれ、持って来てやるよ。ななは座ってて」
「七重は席とっといて」
じゃ、オレは後で……って言おうとしたのに、さっさと高橋と土御門がラーメンを取りに行ってしまう。
なんか話しているような、いないような。意外と仲良しなのか?
土御門がワカメラーメンをオレの前にとんと置く。
「朝、食べてないんだろ?ちゃんと食え」
「あ、うん」
ラーメンをすすり始めると、土御門が肩に軽く触れた。
なんだろうと思って目をあげたら、チャーシューがぶら下がっている。
くれるのか?
ワカメラーメンの丼を差し出してみたけど、チャーシューはぶら下がったまんまだ。
ん?
首をひねると、土御門が眉間に縦皺を寄せたままぱくっと口を開ける。
あーん?
反射的に口を開けると、チャーシューが口に押し込まれる。
土御門が満足そうに笑みくずれた。
オレはチャーシューを噛みながらぼうっとそれを眺めた。
うん、チャーシューうまい。
「のびるよ?」
土御門が微笑みながらそう言って、見惚れていたことに気がついて顔に血が登る。
ワカメラーメンを食いながら、視線を感じて目をあげると、高橋がオレをじっと見ている。
うはあ。男に見惚れてるとか、マジキモいとか思ってる?
うん、まあ普通にキモいよね。
時間があんまりなかったから、そのままクラスに帰る。
土御門との別れ際、土御門が何か言おうとした瞬間。
高橋がオレの手を引っ張って、教室の中に引っ張り込んで、ドアを叩きつける。
「高橋?」
高橋はざわざわする教室をオレの手を引いたまま横切る。
「少しぐらい、嫌がらせしたっていいだろ?」
そう言って、席の前で手を放すと高橋は自分の席に座った。
始業の鐘がなって先生が来る。
嫌がらせ?
土御門に?
やっぱりケンカしてんの?
訳がわからないんだけど。
オレが寝ていた十五分の間に、一体何が起きたんだろう。誰か教えてくれよ。
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