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激動の木曜日(2)

「な~。今日一緒にメシくわね?」 高橋が声をかけて来る。 「んあ?」 オレは間抜けな返事をすると、顔を上げた。 「疲れた顔してんぞ?」 そんな俺の顔をじっと見て高橋が言う。 「そうか?」 「クマ出来てる」 高橋がちょんちょんと自分の目の下をつつく。 そんなに酷いかなって、ごしごしって目の下をこすりながら言った。 「マジで?まあ、課外も明日までだからなあ」 そう言ってしまうと、明日までがとてつもなく長く感じる。手足が重くてだるいのは、もしかしたら風邪でもひきかけてるのかな。 丈夫じゃないことには自信があるほうだし。って変な自信だけど。 「で?」 「ん~土御門が来るだろしなあ」 「……約束してんの?」 「してないけど」 教室がざわっとして、そっちを見ると、入り口に渋い顔をしたハルとさっきのイケメンの中の一人が立っている。 イケメンは金髪で、めちゃくちゃ整った顔をしいた。 凝ったカットの長めの金色の髪が肩に無造作にかかってた。 少し吊り気味の瞳の色は薄い茶色でエキゾチックなアーモンド形をしている。薄くも厚くもない少し大きめの唇は高校生らしからぬ悠然とした微笑みを浮かべていた。 ハルより少し低い背、一回り細い感じだけど……貧弱ではない。むしろしっかり鍛えられた身体っていうか、洗練されてるっていうか……ハルと一緒にいても見劣りしない、いや、むしろ一緒にいてひきたてあって映えるみたいな。見るからに同じ階級っていうか。 視線があって、その唇が嘲笑うように歪んだ。 薄い茶色の目が微かに細くなって、値踏みされたと感じる。 ああ、やだな。 顔がこわばるのを感じて、胃のあたりがぞわぞわする。 ハルが近づいて来た。オレもつられて立ち上がる。なんだかハルも緊張してるみたいだ。ぎこちない微笑みがますますオレを緊張させた。 「今日なんだけど、カフェの方に行かない?」 カフェはハルみたいな持ち上がりの金持ちのたまり場だ。 オレはそこでは浮いてしまうだろう。なんで、って正直思う。 「ふ、ふたりで?」 こわばった顔のままで、おどおどと聞くと、ハルの表情が曇る。口を開いたハルを制して、金髪が口を挟む。 「おれらも一緒だけど、いいだろ?」 ぎくしゃくと顔をあげて、金髪の馬鹿にしてるみたいな目つきをみて、行きたくない。即答しそうになって口ごもる。 「……オレ、金ないし」 「おれが出すよ。いつも春樹が出してるんだろ?」 金髪が当然って感じで言う。その言葉にひやりと胃の辺りが冷えた。 ……そういう風に見られてるんだ。 そうだよな。学校の王子様と貧乏庶民だもんな。それ目当てだって、そう思われてもしょうがないよな。 ぐっさりとナイフを刺されたような衝撃。 ────オレ、乞食認定されてんだ。 「お前、何言ってんの?」 ハルが金髪をたしなめるように言う。 金髪はオレを無表情に見て、それからわざとらしい笑顔を浮かべると言った。 「ごめん。勘違いだった?」 「施しはいりません」 オレは感情のない声で言った。 ハルがものすごく心配そうに顔を覗き込む。 「なな?」 「ななって、神無月?女かよ、でろ甘だな」 金髪が馬鹿にするように言って、ひりって擦れた心が悲鳴をあげる。だから言っただろ。二人の時だけって……なんで約束破るんだよ。 「神無月って、呼べよ」 そう呟いた。 なんか世界に一人だけみたいな、またあの満員電車に一人で乗ってた時みたいな気分になる。あげていた視線を降ろして、じりっと一歩後ろに下がった。 ハルの表情が変わる。一瞬呆然としたような顔をして、それからさっと怒りの色が浮かんだ。 きっとオレがハルを拒否してるってわかったんだ。 ハルの口が開いて言葉を押し出そうとした瞬間──── 「七重~」 後ろから体重をかけられて、オレはよろけた。 振り向くと、高橋がわんこみたいに笑っている。 「昼休み、ダメになりそ?」 オレはまじまじと高橋を見つめた。わんこみたいに笑っていたけど、目は冷たい。 今の会話を聞いていたんだ。 「い、いや」 「かーちゃん、七重がバルキリーリンゴすげえってたって言ったら、また作ってくれたんだ。あれ、彫刻刀でコックピット削ってんだぜ?」 「そうか」 高橋が助けてくれるらしい。 オレは戸惑いながら口を歪めた。 笑いたいのに、うまく笑えない。 「忘れていたんですが、今日は先約があるので、申し訳ありません」 オレは頭を下げると、自分の席に座った。 机の中に手を突っ込むと、次の授業の教科書を探すフリをする。 高橋がすっとハルの視線を遮るように、オレの前に立つ。 金髪が何か言おうとした。 「行こう、秀吉」 それをハルが止めて二人は出て行った。 ほっとため息をつくオレに、高橋が心配そうに声をかける。 「大丈夫か?」 「サンキュ。助かった」 ごっつい手がオレの頭をくしゃくしゃにする。なんだか視界が歪んでいるのはなんでだろう。オレとハルが違うっていうのは最初からわかってたことなのに。 「泣くな」 言ってすぐ高橋が席について前を見た。 見られたくないオレの気持ちを察してくれたんだ。 「うん」 オレは涙がこぼれないように、うつむいて次の授業の教科書を取り出した。

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