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激動の木曜日(5)

「オレが悪かったんだ。なんか、ハルの友達にからかわれて、なんか意地になっちゃってさ。ハルの気持ちとか、全然考えてなかった。 ハルは最初からハルって呼ばれたがってて……ななって呼ぶのもハルにとっては大事なことだったんだろ? よくわからないんだけど、ハルのこと傷つけたんだろ?あんなことしなきゃいられないくらい。だから……嫌われてもしょうがない」 「嫌いになってなんかない。好きすぎて、失うのが怖くて。 高橋といるのを見たら、頭……おかしくなって。 正気になったら、めちゃくちゃ恥ずかしくて、最低だって思って。俺にはななに触る資格なんてないから、行かせようと思った。 でも……さっき、微笑ったろ? 口元だけで、さ。初めて見た時も、そんな風に微笑った。 花が咲くみたいで。……それで、俺はななが好きになったんだ。 さっき、それ見たら……絶対行かせるとか無理だって思った。 カッコ悪くても、気持ち悪いっていわれても。何されてもいいから、俺はななの側にいたい」 「オレ、そんなに思われるようなこと、なんにもしてないよ」 「理屈じゃないんだ。理屈だったら、男だってだけで、もうダメだろ? 俺の血には、ななの名前が刻まれていて、求めずにはいられない。そんな風に感じるんだ。馬鹿みたいだろ? でも、そうなんだ」 胸がちりちりする。 ハルの想いがすごく嬉しくて、少し怖い。オレはハルに相応しいほど、ハルを想っているんだろうか? 「オレ……どうすればいいの?」 「俺の環境とか嫌ってるのわかってる。物で釣られるの嫌いとか。目立つの嫌だとか。  高橋のが……全然、条件いいよな。一緒にいても不自然じゃないし。あいつといると楽しそうで、さ。俺はそれが妬けて、仕方なくて。  俺……ななを泣かしてばっかりだ。  でも……俺を選んでくれたんだよな。今は気の迷いだって思ってるのかもしれないけど、だけど」 俺のこと、捨てないで。惨めに震える声に心が痛む。 捨てるわけがないのに。オレがしっかりしていないから、ハルに惨めな思いをさせている。 「オレは……ハルがいい。…………高橋は友達だ」 「……俺で、いいの?」 叫んで潰れた声が、泣き出しそうに震える。 「ハルがいいんだ」 「抱きしめていい?」 「うん」 ハルの腕が伸びてきて、リュックの上からオレの肩に絡む。 ハルの唇が首に触れて、身体が震えた。 「好きだ」 耳元で掠れた声が囁く。 身体から力が抜けて、重たいリュックとハルの体重を支えられなくなる。 オレはそのまま尻もちをついた。 「な、なな?」 オレは笑いながら、リュックによりかかる。そして、ハルを見上げた。びっくりして屈みこんだハルの顔。星のように斑点が踊る瞳。 ああ、オレはハルが好きなんだ。愛しさで心がいっぱいになる。 「このリュック、すげえ重いんだ」 ハルがオレの背中からリュックを外して持ち上げる。 「うわ! なにコレ、重っ!!」 「廊下で、リュックしょって、何してるんだろな」 オレが言うと、ハルがため息をつく。 「こんなん重いの持たせて帰らせるとか、俺、最低」 「オレが意地張ってたんだろ?」 「鉄壁ガードの蕁麻(いらくさ)姫だもんな。」 「なんだそれ」 「ななのあだ名。  白鳥の王子に出てくる姫で、呪いにかかった兄弟の為に蕁麻で帷子(かたびら)を編むんだ。編んでる間は沈黙の誓いでしゃべる事ができなくてさ。なな、ほとんどしゃべらないで、勉強ばっかしてるから、そう呼ばれてる」 「姫はないだろ?」 「俺にとっては姫だよ。大事な人だ」 ハルが正面に回って手を差し出す。 「仲直りの握手」 オレは手を握った。ハルはオレを引っ張りあげると、そのまま抱きしめた。 「仲直りのハグかな?」 疑問形で聞くハルは、許しを求めているような気がした。 「仲直りのハグだよ」 オレが言うと、ハルの腕に力がこもる。 ちょっと苦しい。でも、その苦しさが好きだと思う。なんだかハルのオレを思う苦しさを教えてくれる気がするから。 「めっちゃ緊張してる」 「なんで?」 「なんかいろいろ信じられない。あんなことしたのに、まだ好きでいてくれるとか、俺を選んでくれたとか」 「理屈じゃないんだろ?そういうの」 「そうだな」 ハルは溜息をつく。 「あっちいく?」 ハルは目で部屋を指した。オレが赤くなりながら頷くと、ハルは嬉しそうに微笑んで、オレの手を引いた。 オレをベッドに座らせると、ギシッとベッドが軋んでハルがベッドに乗って来る。両腕をつかまれると、首にのせられて、そのまま抱きついた。 ハルは俺を抱きしめると、そのままベッドに引き上げて寝転んだ。 まじまじとハルの顔を見る。 柔らかいウェーブを描く茶色い髪、くっきりとした鼻に、形のいい唇。そして、煌めく榛色の目。 「腫れてる」 ハルがオレの唇に触れて囁く。 「痛い?」 オレは首を振った。ハルは微かに微笑んで、それから痛みを感じているように目をつぶった。 「あのさ……めちゃくちゃ情けないんだけど、高橋のこと、聞いていい?」 ハルの手が髪をなでる。 「うん」 オレは高橋とのことを話した。うまくなんかしゃべれないから、そのまんま。ハルは黙って聞いていた。怒るかなって、不安だったけど、オレを撫でる手はずっと穏やかなままだった。 「泣いてたのはさ。なんか、オレ、全然きづいてなくて。一緒にいたのにな。高橋の気持ちを聞いて、やっとわかったんだ。思われてたこと、嬉しいなって心のどこかで思って。高橋の言うこともわかって。ずっと穏やかに一緒にいられるのは高橋なんだろなとか。  でもさ、オレはもう変わってしまって。も……ね。ハルの居場所しかないんだ。  た、たかはしは、ハルじゃないじゃんって。全然迷わないんだ。  オレ────冷たいなって」 ボロボロ涙が出て来る。 「たかはしといっぱい笑ったりしたんだ。は、初めての友達だったんだよ。なのに、オレは全然……なんにも気づかなくて」 ハルは溜息をつくと囁いた。 「高橋は、隠してたんだよ」 「え?」 「ななの気持ちがさ、自分に向いてないのに、自分の気持ちに気づかれたら、男同士なんだ、そこで終わるだろ?だから、時間かけてたんだよ。時間があったら、俺もそうした。同じクラスで、毎日一緒だったら。  こんな風にむしりとって傷つけてもって感じじゃなく。ゆっくり近づいて、ななの気持ちが熟して、自然に手のひらに落ちてくるのを待ちたかった」 ハルの顔が今にも泣き出しそうに歪む。 「俺さ、ななと同じ特待クラスに入るつもりだったんだ。編入試験受けて」 「え?」 「すげえ勉強してさ。かっこ悪いから隠れてやってたけど。申し込みしようとしたら、金持ちなのに、なんで特待ってさ。お前が入るってことは、誰かが落ちるってことだろって。そいつ学校辞めないといけないかもだけど、それでもやるのって。 ……諦めるしかないよな。それで、ななに近づく方法がなくなったんだ」 「それ…で?…成績下げ…て家庭教師?」 「そ」 「オレ……わ、わかんない。なんで、そ……んな」 涙が止まらない。 ハルが切なそうにオレを抱きしめる。 「『ハルの居場所しかない』ななの心。それが死ぬほど欲しかったんだ。そうなるって思ってた。オレがそうだから。俺の心にもななの居場所しかない。ななが高橋に惹かれてるの、なんとなくわかったんだ。高橋は……いいやつだ。サッカー部のエースでさ、部員の評判もよくて。前からななの番犬って呼ばれてて、守ってるのも知ってた。自然にそうなるなら、って。  割り込むのはどうかって思ったよ。  何度も何度も考えて、ダメな理由をいっぱい積んでみたけど。……どうしても諦められなかった。だから、手遅れになる前に、どうしてもななの前に立たないとって。  少しでも、夏休みの間だけでも一緒にいられたら、こっち見てくれるかもって」 ハルの切ない覚悟にオレはもう、ただ泣くしかなくて、そんなオレをハルはなだめるようになで続けた。

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