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再びの金曜日(1)
「……っ、めんどくせえ」
その声にオレは目を覚ました。
ハルが携帯をロックしてベッドボードに乱暴に置いた。ちらっとオレを見て、目が開いているのに気づいて、ああと後悔したように髪に手をつっこんで謝る。
「ごめ……起こした?」
「ん……大丈夫。今……何時?」
「そろそろ起こそうかな、と思ってた」
オレは寝返りをうつとメガネを手探りで探した。
メガネをかけると、すっきりした視界のめちゃくちゃ近くにハルの顔があってぎょっとする。ごくりと喉を鳴らして視線を下げると、ハルの上半身は何も身に着けていなくて、均整の取れた綺麗な身体を晒している。
「おはよう。なな」
「……おはようございます」
「なんで敬語?」
微笑みながら、ハルはゆっくりと指でオレの唇をなぞった。
「まだ痛い?」
「そ、そうでもないかな。昨日、薬、塗ってくれたじゃん?」
「そうか」
唇が軽く触れる。
「あんまりやると、学校行かせらんなくなりそうだからな」
唇を離してハルがため息をつく。
「さっき、なんか言ってた?」
「ああ……今日さ。半ドンじゃん?学校から帰って来たら、ななとゆっくりできると思ってたんだけどさ。出かけないとダメになって……」
「そか」
ちょっとだけしょんぼりした自分がいる。ウザいな。オレ。
「ごめんな」
「いや、大丈夫」
自分に言い聞かせるように言うと、ベッドから降りて立ち上がる。
「朝、なんか食べる物あるの?」
「ん。クロワッサンと間に挟むもの貰って来てある」
「じゃ、お茶でも用意するか」
「俺がやるよ」
そっかって頷いて、誤魔化すようにバスルームの方に向かう。
「シーツ乾いてるかなあ」
昨日、寝る前に洗って、バスルームに干しておいた。最新式で乾燥室になってるって言われたから。
自分の着替えとかも自分で洗濯出来ると思うとほっとする。
制服とかはともかく、下着までお手伝いさんがって、なあ。感覚違いすぎだろ。
バスルームに入って、シーツに触ると、もう乾いていたから昨日開いたシーツと同じ様に畳む。大きいシーツの端を合わせようとじたばたしているとハルが反対側を持ってくれた。真ん中がねじれている。
「いや、真ん中ねじれてるじゃん?いや、オレが直すから、そのまんまにして」
オレはねじれを直すと、半分に折ったシーツを更に半分にした。
ハルもオレを見て真似をする。
「そのまま持ってて」
オレは端を持ってハルに近づく。
「うわ。適当だな」
ハルの折った端が5センチくらいずれている。
「また使うんだからいいだろ」
オレは持っていた端をハルにつかませると、真ん中を拾って引っ張った。
「そういうんじゃないんだなあ。もしかして、プリントは適当に折るタイプ?」
「もちろん」
「オレはきちんと角が合ってないと嫌なんだよ」
ベッドの上にシーツを置くと端を真ん中で合わせて更に折る。
ハルはベッドに横になってそれを眺めている。
「完成」
リネン置き場に重ねておく。アイロンがかかってないけど、まあ、いいだろう。
「几帳面なんだ」
「そうでもないよ。合う角は合わせたいだけで。子供の頃、病弱だったからさ。布団でよく折り紙させられてたから。折り紙は端が合わないと綺麗に出来ないから。それでかな」
ハルがベッドを軽く叩く。
オレはハルの横に座った。
「病弱だった?子供の頃」
「めちゃくちゃな~。小学生んときはあんま学校行ってなかった。行っても保健室登校みたいな。
風邪とかすぐうつるからさ、ばあちゃんが心配して友達と遊ぶの禁止だったし。
中学になる頃にはだいぶ丈夫になったんだけど、その頃には、なんか煙たがられるようになってて」
「煙たがられるって?」
嫌なことを思い出す。
メガネに手が伸びて、外してTシャツに引っ掛ける。
「頭よすぎてウザい。病弱とか設定。先生受け狙いすぎ。良い子ぶってんじゃねえ」
鮮明に覚えているその言葉をぼそぼそと呟く。中学の時、久しぶりに具合が悪くなって、保健室で休んで帰って来た時に聞いた言葉。
自習中の教室から聞こえた。
同じクラスのよく声をかけてくれた奴。人気者って感じで、友達だとまでは思ってなかったけど、いい奴だと思ってた。
「小学からの持ち上がりだからな。休んでばっかで先生に構われてたし。休んでる割には頭はよかったし。ばあちゃんの躾けのせいでいい子だったし。ウザいって思われてたんじゃない?」
ためらわずに教室に普通に入って行った。まずいって顰められた空気。見回した教室にいた、そいつの嘲笑うみたいな表情。その日から周りを切り捨てた。話しかけられた事にだけ丁寧に答えた。
イジメられていた訳じゃないと思う。
班わけの時だって、なんとなくどっかの班にいたし、面と向かって何か言われたこともなかった。
自分が輪から外れただけで。
寂しいとかそんなんは感じなくて、ほっといて欲しかった。そんな風に思っているのに、表面だけ友達とか吐き気がした。
言った方はもう忘れてると思う。
そんな言葉にやられたオレが他人と上手く関われないままで、好きな人が出来ても、いまいちなにかもよく解らないなんて。
自業自得なんだけど、ちょっと悔しい。
「なんで、昔話とかしてるんだ?不幸自慢かよ。キモいな。
まあ、蕁麻姫いらくさひめだっけ?勉強ばっかして口きかないとか。その辺はそっからなったってだけで、さ。
実際のとこ、別に辛くはなくてさ。元々友達とかいなかったし。面倒だから距離を置いたってだけで。ただ、そんなんだから、ハルの気持ちとかよくわかんないのが申し訳ないってかさ。どうして欲しいのかとかさ」
「寂しいって言えば?」
「え?」
「ハルが一人でお出掛けとか寂しいな。早く帰って来てねって」
「それは……ウザいだろ」
「俺はわりと縛られるの好きだよ。つか、なななら、がんじがらめでもいいくらい」
ハルが微笑む。
手のひらを合わせて握られる。
指と指が絡んで引き寄せられて、手の甲にキスされた。
「行きたくなくて、さ」
ハルの微笑みが揺らぐ。
「でも、行かないと終わらない」
「どこ行くか聞いていいの?」
「……帰って来たら話す」
「危なくはないんだよな?族とかさ。チームとか」
「そういうんじゃない。心配してくれんの?」
「するに決まってるだろ」
「嬉しいよ」
ハルが繋いだ手を握る。
オレはその手を握り返した。
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