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再びの金曜日(3)

1時間目が終わって、オレは出された夏休みの宿題をめくっていた。 カチカチとシャープペンから芯を出して答えを書こうとした時に話しかけられる。 「神無月……」 びっくりして目をあげると、昨日の金髪がいた。 有名人なのか、女子共がざわめいている。 「昨日はごめん」 金髪が頭を下げる。 オレが答えないでいると、金髪が目をあげて、まじまじとオレを見る。 昨日も見たけど、やっぱりすごく綺麗な奴だなと思う。 細身の体に、猫のような目。柔らかそうな金色の髪も。 でも、女っぽいわけじゃない。 端整な。という表現が似合う顔。月の光に潜む獣のような静かで危険な雰囲気。 長袖のYシャツを腕まくりして着ている。 腕には大きな丸い石が連なったブレスがついていた。 口では謝っているけど、綺麗な顔はどこか冷たくて、やっぱりオレを値踏みしているように見えた。 その表情に、ごめんって、どうして?って思ってしまう。 オレが貧乏だとか、ハルに面倒見て貰ってるとか、事実なんだからしょうがない。オレがそれに引け目を感じているということ、当然として受け取れていないということ。それを口に出して言われたら傷つくとかはオレの理由で、この人が謝るのは違うと思う。 「謝罪してもらう理由がありません」 オレは宿題に目を戻した。 視界の隅でブレスのついた手が机に置かれるのを見た。 「神無月のプライドを傷つける様なこと言ったんだから、謝らせて欲しい」 「わかりました」 オレは金髪を見あげた。人見知り全開の硬い表情のままうなずく。金髪がそんなオレの顔を見おろして、表情を曇らせてため息をつく。 「おれ、マジで嫌われた?」 「すいません。オレはいつも、こんな感じです」 ちょいと頭を下げると、無表情に金髪を見返す。もう話は終わりだ。拒否するようなオレの口調に、金髪は髪を掻き上げて溜め息をついた。 諦めて行ってしまうだろう。視線を動かした。そう思ったのに、その瞬間、金髪はまた話しかけて来た。 「あのさ、最後に、聞きたいんだけど」 まだ話しかけられた事に驚いて目をあげると、金髪が真剣な表情になっている。 「春樹さ、やっぱり辞めないとダメ? ペース落とすとかさ。そんなんじゃダメなの?」 やめる?この人がハルのよくない友達なのか? だとするとペースってなんだ? 「よく、わからないです」 金髪が首を傾げる。 「付き合う時の条件で、店辞めさせられるとか聞いたんだけど」 付き合う?この間の件で公認カップルなんだっけ?オレ達。 店?辞めるって? 「全然意味がわかりません」 「……真面目に、さ。頼んでるんだけど」 静かに金髪が言う。目が微かに細くなって、オレを睨みつける。 「ハルに聞いた方がいいですか?」 金髪の顔色が変わる。 「ハルってんの?春樹の前で?」 「?……そう呼ぶように言われてますけど」 無表情だった金髪の顔に驚きの色が浮かぶ。 オレが怪訝そうな顔をすると、金髪が参ったなというように笑い声を立てる。 「マジかよ……お前……春樹のド本命なんじゃん」 じっと金髪がオレを見下ろす。 「春樹の本命が出した条件なら……しょうがないのか」 静かに言って、金髪がため息をつく。 条件ってなんだ。何、勝手なこと言ってるんだよって頭に血が登った。 「オレは好きな奴に条件なんかつけない。相手の気持ちを利用して、自分の思い通りにしたりなんかしない」 鋭く叫んだオレの剣幕に、金髪がびっくりした様に目を開く。 「……ほんとに、何も、聞いてないのか?」 「オレに家庭教師してもらうなら、友達付き合いを控えて集中しろって先生から言われたっては聞いてます。でも、店? それは何のことかは知らないです。  どうして君たちがオレに会いたがったのかも知らない。今日、ハルが出かける理由も。ハルは……教えてくれませんでした」 「……ごめん」 はあって、金髪が息を吐いて後悔するようにうなだれた。 「オレ……どうすればいいですか? ハルの為に何かするべきですか? しなければならないことに気がついていないのなら、教えてください」 「心配してくれんだ?」 ふわりと金髪が微笑む。かきあげた髪の間でブレスがかちゃりと音を立てる。 「心配かはわかりません。オレは人と関わるのが苦手なので、望まれていることがよくわからない。言って貰った方がいいと思います」 「……いや、たぶん……無理だから、もういい」 金髪は首をかしげてもう一度オレを見る。 「昨日も見たけどさ、確かに女の子っぽくて可愛い感じだけど、普通ってか…………硬い?怒った時はちょっと良かったけど」 ハルの本命だって信じられないって? オレは微笑んだ。オレだって信じられないよ。 金髪の表情が変わる。 なるほどと言うように頷きながら一歩、近づいた。 「ああ、微笑うと全然違うのか。──すげえ甘い感じ」 金髪の手が、かしゃりと石がぶつかる音を立てて伸びて来る。びくって、身体を引くと、ひょいと横から手が伸びて、その手首をつかんだ。 「いい加減にしろ」 高橋が唸るように言う。ちらりと横を見た金髪が笑う。 「番犬か。昨日はどーも」 金髪がくるりと手を回して、高橋の手から手首を外した。 するっと後ろに下がって、オレに向き直る。 「今日さ、店来いよ。おれが相手するからさ。春樹にそう言っといて」 腕まくりを降ろしながら行きかけて、くるりとこっちを振り返って綺麗に微笑んだ。 「おれ、時任秀吉。王子の一人だから。よろしくね。姫」 ああ、ブレスを隠してるんだ。袖のボタンを止めながら教室から金髪が出て行く。 高橋が渋い顔でむっつりとオレを見た。 「何フラグ立ててんだよ」 「は?」 「無自覚かよ」 やれやれとため息をついて、高橋が前を向く。 始業の鐘が鳴った。

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