33 / 39

再びの金曜日(4)

全校の集会があって、最後のホームルーム。 「以上」 担任の佐々木先生が教壇の上で資料をトントンする。 夏休みだ。 教室がざわめく。 「おまえら、月曜日からの補習、ちゃんと来いよ」 佐々木先生の声に、ふにゃけた返事が教室に広がる。 高橋はクラブでじゃあなって手を振ると、速攻で教室からいなくなった。リュックに道具をしまっていると、ハルがなんか心配そうな顔をして教室に来た。 「秀吉、来た?」 「ああ……来たね」 ハルが何か言いたそうに口を開いたけど、ざわついてる周りに口を閉じた。黙ってリュックを担いだハルについて、早足で車回しで迎えの車に乗るとハルが聞いてきた。 「秀吉、なんつってた?」 オレは時任とのやりとりをしゃべった。 「何フラグ立ててんだよ」 「高橋も言ってたよ。それ。よくわかんないけど」 「自覚ないの?」 「それも」 ハルは高橋と同じような渋い顔をする。 「店には連れて行きたくない」 「うん」 オレはあっさりと言う。 どんな店にしろ、人見知りのオレには辛いに決まってる。 「帰って来たら話する。それでいい?」 「いいんじゃないかな?ハルがそれでいいなら」 「ななに止められると辛いから。秀吉と話をしてるから、同情しそうだし」 「オレ……同情しそうなの?」 「なんとなく。秀吉は何かにこだわるタイプじゃないんだ。そういうのが……ななのとこに来て頼んだとかいうと、ななは優しいから……絆されそう」 「う~ん。じゃ、聞いた方がいいのかな?」 首を傾げて考え込むと、ハルがすごく嫌そうな顔をする。 「いや、だから帰ってから話す」 「ハルがそれでいいなら」 うんって頷くと、駄々っ子みたいなハルの表情がおかしくて微笑んだ。ハルがそんな俺をじっと見て、それから穏やかに微笑んだ。 手が重なって軽く握られる。 ハルが話を変えるように言う。 「今日は晩飯どうする?」 「ハルはなんか食べて来るの?」 「どうかな。いつもだと帰りに適当に食うんだけど。今日は早く帰りたいから、途中でなんか買うかな」 「じゃ、オレなんか作る?」 ぱっと明るくなったハルの顔に、余計なこと言ったかなって不安になる。ハルが座席から起き上がる。 「マジで?」 めちゃくちゃ嬉しそうに微笑む。 言ってしまってから、あって思った。 そういや、ハルも料理出来るんだっけ?外食系の社長の息子なんだもんな。斉藤さんの料理とかも普通に喰ってるんだろうし、オレ、とんでもない事言った? 「あ、でも、ばあちゃん仕込みだから、口に合うかわかんない……けど。簡単なものしか作れないよ。カレーとか肉じゃがとか、煮物みたいなのとか、炒め物とかさ」 「いや、スーパー寄って行こう」 「ハルさ、グルメなんだよな? オレのはおいしくはないと思うぞ?」 「嫌になった?」 残念そうにハルが言う。うなだれたわんこみたいな姿に慌てて手を振った。 「い、いや。作るのはいいけど、所詮はオレの作ったものだしさ。ばあちゃんにしか食わせたことないから、がっかりしそうだなって」 「好きな人の作ったものとか、それだけで嬉しいじゃん?」 「ま、まあそういうスタンスなら……いいけど」 明るい笑顔を浮かべたハルが、ぎゅってオレの手を握った。 ** ** ** なんかこう……視線を感じる。奥様達がオレ達をチラ見している。 まあ、目立つよな。 制服着た男子が2人、仲良くスーパーでお買い物。しかも片一方は、育ち良さそうで茶髪に緑の瞳でモデルみたいな容姿してるんだもんな。そりゃ見ちゃうよな。 「どした?」 視線を感じてぎこちなく動くオレに、カートを押しながらハルが上機嫌で聞いてくる。こいつにとっては日常なのか、目立っているのには気づいてないみたいだ。 「なんか、すごく……見られてないか?」 ん? って首を傾げたハルが視線を泳がせると、赤い顔の奥様たちがさっと目を伏せる。みんな素早いな。 「そんなこと、なくない?」 微笑むハルにじわっと顔が赤くなる。 「そ、そうか。い、いいんだけどさ。何作ればいいの?カレーとか?」 「カレーだったら肉じゃががいいかな」 うーんって頭をひねりながらハルが言う。 「時間あるから、角煮とかでもいいけどな。セットして煮るだけだから、簡単だし。ゆで卵入ってるやつ。いっぱい作って保存出来るし。あ、でも、口に合わなくて余った時、大変かもしんないか」 「マジ?うまそうじゃん?残すとか絶対ないから、大丈夫」 なんか笑顔がすっごいキラキラしてるんだけど。 本当に大したことない田舎料理なんだけど、大丈夫か? 嬉しそうに売り場に向かうハルの隣で、ん~と首を傾げながらレシピを思い出す。 「豚肉はバラかなあ。脂っこいのヤダとかある?」 「ない」 「じゃ、豚バラ、ネギ、生姜、醤油、砂糖、酢、卵、あ、下味に塩と胡椒か。サラダあるといいかな」 「了解」 野菜売り場でハルが材料を手際よくカゴに入れる。 なんとなく、適当にいっぱい入れるのかなと思ったけど、意外にちゃんと素材チェックして選んでるみたいだ。 「サラダはカットのにする?」 「うん。オレはそれでいいよ」 ハルがカットした野菜とプチトマトを入れている。 「これ、いいかも」 肉売り場に移動したハルが、バラの塊を指差す。 「大きくね?」 「他のよかうまそう。大丈夫。俺いっぱい食べるし」 「なんか……慣れてる?買い物」 「ん?」 肉をカゴに入れながらハルがオレを見て微笑む。 「ああ、買い出しよくするんだ」 店か。納得する。 なんか、飯作るとか、オレ、マジでとんでもない事言ってるんじゃないか? 「あと卵と調味料と明日の朝の分か。米も買う?」 吟味しながらもカゴがいっぱいになる。レジに並びながらオレは言った。 「オレ、半分出すよ」 「今日は作って貰うし、自炊用で調味料とか米とか買ったから俺が出すよ」 「でも」 「そもそも、家庭教師はメシつきの約束だろ?」 「……うん」 レジで会計中、カゴが分かれると、詰めててって先にカゴを渡される。会計見せないようにしてくれたのかなってきゅんとする。 なんかすげえ大事にされてるよな。オレ。

ともだちにシェアしよう!