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再びの金曜日(5)

二人でわいわい袋詰めをし終わると、運転手さんに謝りながら車に滑り込んだ。 いつの間に買ったのか、ハルはアイスの袋を持っている。 「外はあっついな」 包みを開くと、水色のソーダバーが出てくる。 ハルは一口齧ると、オレにアイスを差し出した。 ざわっと緊張する。んで、なんでって自分に突っ込んだ。 友達同士だってやるし、恋人同士だってやるんだろう。 たぶん普通の行為。なのに……オレは緊張する。 齧ろうとアイスに顔を近づけると、綺麗な顔が目の前にあった。 あって思う間も無く唇が重なる。 びっくりしたオレの口の間に冷たいアイスが押し込まれた。 口を押さえながらばっと離れると、ハルを見る。 ハルはアイスをもう一口齧って艶然と微笑んだ。 その笑みに、オレはアイスをそのまま噛まずに飲み込んで、それから咳き込んだ。 「大丈夫?」 ハルがオレの背中をさする。 「な、なにすんの?」 咳の発作で真っ赤な顔でハルを見上げる。 「キスしたかったから」 にっこりとハルが微笑む。 「普通にすればいいじゃん……」 オレは憮然として言った。 「して良かったのか」 唇を近づけて来て、寸前で止まる。 「唇……」 「じゃあ、もうしない!すんな!!」 またかよ。カッとしたオレは噛みつくように言うと後ずさった。 「怒るなよ……」 ハルが悲しそうな顔でシートの上に乗って近づく。 「どんだけ後悔してるかわかってないだろ」 「も……大丈夫っ言ってるだろ?」 「だから……怒るなって」 ひょいってメガネを取られた。甘い唇が重なる。ソーダの味の舌が絡んで息が切れた。 「んっ……」 一瞬だけ離れた唇が、息を感じてまた戻って来る。舌同士が絡む度に、背筋にぞくりと快感が走る。 「溶ける」 キスで朦朧としたオレの口にアイスがまた押し込まれた。飲み込み切れずに口の横を冷たくてねばついた液が垂れていく。ハルの冷えた舌がそれをたどって、耳を舐める。 「ちょ……あっ、それ……だめ、だ」 身体がびくんと反応する。昨日の快感を身体がなぞって、息が短くなる。 「じゃ、ちゃんと食べて?」 ハルの口から押し込まれるアイスを、オレは必死で飲み干そうとした。制服の上から身体を触られて、ひゃって震えて口からアイスがこぼれそうになる。ごくりと音を立ててアイスを飲みこんだ。こぼさずに飲んでほっとすると、ハルの息がまた耳にかかる。 「ちょ……っ、意地悪するな」 掠れた声で懇願する。これ以上やられたら、絶対わけわかんなくなる。のしかられていた身体が自由になって、涙目でハルを見あげる。 「アイス、なくなった」 身を起こしたハルが、冷たいアイスと熱いキスで赤くなった舌で、アイスの棒をいやらしく舐めた。呆然とそれを眺めるオレの前で、鮮やかな微笑みがその整った顔を彩っていく。はあ……なすすべもなく吐いた息の隙間から、ハルは微笑んだままアイスの棒をオレの口に突っ込んだ。思わず噛んだ、その端の反対を指が軽く弾く。 「時間切れ」 車がゆっくり離れに止まる。 ** ** ** 荷物を運転手さんにも手伝って貰って運び込む。 冷蔵庫に食材を片付けて一息ついた。 「続きする?」 ハルがそう言って微笑むと手を差し出す。オレはびくんと飛びあがると、もだもだと後ろに下がった。 「じ、時間ないだろ。つか、き、昨日みたくなったら、オレなんにも出来なくなるだろ」 「だよな」 はあってハルが溜め息をついて時計を見る。 「うわ。本当にあんま時間ないな。口のまわりベタベタだから、シャワー浴びてかないとだし……ね………一緒来る?」 「行かない!」 「冷たいな」 笑い声をあげながらハルが二階にあがる。上からちょいちょいと手招きする笑顔に渋い顔をすると、あ~あって声をあげて部屋の方に行ってしまう。 ふうってため息をつくと、口元に触れた。確かにベタベタだよなと思うけど、二階は危険だ。キッチンで顔を洗う。着替えもしたいけど、後にしよう。ティッシュで顔を吹いて、リュックから宿題を取り出すと、リビングのソファに座って問題を解き始める。 「本当に冷たいな」 テキストをつかまれて、下に落とされる。 「うわ」 かなり本気で集中してたから、びっくりして声が出た。湿った髪のハルが、私服姿でこっちを覗きこんでいる。 グレーのTシャツに半袖のフードのついたミリタリージャケット。ベージュのチノパンを腰に引っ掛けるようにはいている。私服着ると、絶対高校生には見えないよな。湿ったままの髪はいつもより濃い色に見えて、カールがきつくなったそれが、また大人っぽさを強調していた。 手からシャーペンを取られて、抱きつかれた。 「着替えにくらい、来るのかと思ったのに」 なじるように言って、押しつけられる身体に微かな呻き声をあげる。 「ハルが車で変なことするからだろ?」 「違うよ。変になっちゃうようなことだろ?」 オレの顔を覗き込んで、ハルが艶やかに微笑む。 「い、意地悪だな!」 「すげ~可愛いから悪いんだ」 「オレが悪いのか?」 ううんってハルが頭を振る。綺麗な瞳がどこかうっとりとした色を浮かべてオレを見る。 「俺が勝手に誘惑されてるだけ。火に飛び込む蛾みたいだよな。焼かれるって分かってても……惹かれる」 微笑むハルに息が出来なくなる。唇が触れて、ため息が出た。 触りたかった濡れた髪におずおずと触れる。空気を含ませるようにくしゃって握って指の間を滑らせながら、その茶色の髪を眺める。 「すげ……綺麗な色の髪だよな。染めてないんだろ?」 「ん。地毛。ばあちゃんがハーフなんだよ。黒髪黒目でほとんど日本人に見えたらしいけど」 膝をついたハルがオレの腹に頭を乗せる。オレはゆっくりと髪の毛を撫でた。 「お姉さんも?」 「いや、姉さんは普通に黒い髪。目はちょっと色が薄い茶色?」 「美人なの?」 「似てるらしいよ?今日、母屋に来てるから、連れて来いって言われたんだけど、俺に用事が入ったから」 「そうか」 ハルが伏せていた顔をこっちに向ける。オレはハルの顔にかかる髪をかきあげた。んーって気持ちよさそうにハルが鼻を鳴らして、ぱちっと瞳を開いて観念するみたいにため息をついた。 「そろそろ行かないと」 「うん」 「置いて行きたくない」 「着いてく?」 「誰にも……見せたくないんだ。わがままなんだけどさ」 オレは辛そうなハルの髪を撫でながら、少し考えて、それからゆっくりと棒読みで言った。 「……ハルが一人でお出掛けとか寂しいな。早く帰って来てね」 ばっとハルが身を起こした。 「やっぱキモい」 オレは苦笑いを浮かべた。 ハルが首を振る。蕩けるような笑みがその顔に浮かんだ。 「すっげえ嬉しい」 その言葉と笑みに心がほっこりと暖まった。 「ん。待ってるから……行って来い」 ハルが立ち上がる。 胸のポケットから黒いケースに入ったiPhoneを取り出した。 「持ってて。手が開いたらメールするし、なんかあったら電話して。アプリとかは、やだったら消していいし。初期化していこうか?」 オレはiPhoneを受け取ると、胸のポケットに入れた。 「ん。まんまでいいよ」 「居場所わかるアプリとか入ってるんだぞ」 「ん~。まあ、見たければ見ていいよ。自己嫌悪すんなら我慢しろ」 「普通、キモいんじゃないか?」 ハルが戸惑うように顔を歪める。 「オレは普通とかわかんないから。オレ的にはハルがそれで安心するなら別に見てもいいよ。散々逃げて心配させたしな」 にこっと笑って言葉を継ぐ。 「まあ、次に逃げる時は消すさ」 「不吉な事言うなよ。……ほんと、ヤバイよな」 「ん?」 「他人の気持ちわかんないとか言いながら、俺の欲しい言葉をぽんぽん投げてくんだ。んで、すっげえ殺し文句言ってるなんて全然気づかずに……そんな風に微笑う」 強いハルの視線に口がきけなくなる。どんどん顔が赤くなる。 「んで、黙り込む」 ハルは微笑んだ。 「ヤバいよ。ハマる」 ハルが屈み込んで軽くキスをして来た。 触れるだけのキスなのに、痺れるような甘さに身体が震えた。 「行って来る」 真っ赤になったオレの顔をハルがじっと見て、それからドアに向かった。 カチャリとドアが閉じて静けさが部屋に漂う。 のろのろと投げられた宿題とシャーペンを拾った。 なんなんだよ。 赤くなった頬をごしごしこすりながら心の中で呟く。 ハルの方がよっぽどヤバいじゃん。ハマってんのは、オレの方だろ。 溜め息をつくとオレは宿題に答えを書いた。

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