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第7話
「石崎さん、今日はありがとうございます」
「ははっ、いいんだよ。俺が会いたかっただけだから。だからそんなに固くならないで」
石崎さんはそう言っているけど、流石にこれは緊張する、、
石崎さんのことだから、それなりに高級なところなんだろうなとは思ってたけど、こんなに高いビルでいろんな品が出てくるコースなんて食べたことが無くて、しかもよく分からない食べ方の食べ物も出てきて…
正直、ちょっと緊張でお腹がキリキリと痛い
大丈夫かな…食べ方合ってるのかな…
変じゃないかな…
おれ、浮いてないかな…
そんなことばかりを心配しているからか、食べ物の味がしない。
こんな高級なところで食べれることなんて滅多にないのに…
俺に比べて、石崎さんはこんなのがいつもの日常です、というようなぐらい慣れている。ウェイターさんとも親しいようだし。
ふと、なんでこんな人がずっと俺を買ってくれているんだろう、と不思議に思う。まあ、大して意味は無いんだろうけど。
そんなことを考えている間に、いつのまにか1人のウェイターが高級そうなワインボトルを乗せたトレイを片手に、テーブルに運んできている。
石崎さんは、ウェイターがワインを注ぐのを満足げに見つめながら話し始めた。
「これはね、高いけどその分、他のワインよりも繊細でエレガントで、且つ力強さとフレッシュさも持ち合わせている素晴らしいワインなんだよ。
ヴィンテージものだからタンニンもさらに滑らかで程よい酸味も感じられるんだ。上質な香りと気品のある余韻が長く続くのが好きで、良いものだからぜひ君にも飲んで欲しいと思ってね。
ああ、タンニンというのはね……」
右から左へどんどん言葉が抜けていく。
石崎さんはワイン好きなんだろうか、次々とカタカナや難しい用語が出てきて俺にはさっぱり分からないけど、とりあえず頷く。
「ユイくん、ごめんね。ちょっと話しすぎてしまったね。」
「っあ、いえ。えと、…その、こんなにワインのこと知っているなんて、さすが石崎さんだなって思ったし、…かっこいいです…。」
何故かしどろもどろになってしまう。
なんでだろう、カッコいいなんて言い慣れてないことを言ったからだろうか。
まあ、そもそも身体を売っているだけで、こんな風に人と話したり、食事をするのは苦手なんだけど。
「ありがとう、嬉しいよ」
じゃあ、乾杯
という風に石崎さんはワイングラスを目の高さに上げ、視線をこちらに向ける。
俺も頭をフル活用して、ネットで見たワインの飲み方や持ち方、乾杯時の作法を思い出して、石崎さんと同じようにする。
一応ワインの飲み方を覚えておいて良かった、とこの時心から思った。
ワイングラスを口元に近づけ、少量口に運ぶが
うぇ……やっぱりアルコールは苦手だ…
そもそも20歳になって間もないからアルコール自体そんなに飲んでないのもあるけど、前に大学のサークルで新入歓迎会があった時に、先輩からの誘いに断れず、一杯飲んで倒れてしまった、という苦い思い出がある。
多分俺はアルコールがそんなに強くなくて。
だから、ワインを飲むのも誘われない限り、今回が最初で最後になるんだろう。
でも、さっきの石崎さんの話全部は分からなかったけど、これが高いワインだということは確かだろうし、何より熱い視線が刺さる。
こんな状況で飲まないなんて、流石に気が引ける。
極力、息を止めてお酒だと感じないようにしながら、残りのワインも飲む。
「もう飲んだのかい?凄い飲みっぷりだね。」
「あ…あの、ワイン…とても、美味しくて。えと…すみません」
「ふふ、いや別に謝らなくても良いんだよ。そう言って貰えて僕も嬉しいしさ」
石崎さんはそう言って微笑んでいる。
でも俺はそれどころじゃなくて、頭がガンガンして、やっぱり急に飲むんじゃなかった、とひどく後悔した。
ふと、人影を感じ目線を上にあげると、ウェイターさんと目が合う。
どうしたんだろう、と思っていると何故か俺の空のグラスにまたワインを注ぎ始める。
え、な、なんで……なんでワイン入れて…
俺、も…飲め、ない、
「……ッ、」
一瞬いらないって言おうと思ったけど、どう言ったら良いのかも分からず、前に石崎さんもいる状況で断れるはずもなく、結局黙ってしまう。
こんなことあるんだ……いらない時の方法もちゃんと調べとけばよかった…
と、目の前に入っている赤ワインを見て後悔するのももう遅くて。
また、さっきみたいにワインを口へ運んでいく。
ーーーーーーーー
食事が終わる頃には、もうだいぶ呂律が回らなくなっていた。
タクシーのちょっとの揺れもしんどくて、思わず吐きそうになるのを急いで両手で口を押さえる。
「ッふ、…ぅ」
「大丈夫かい?到着までまだ時間があるから、俺に凭れかかっていいんだよ」
「や、…いえ、…っ」
断る前に反対側の肩をぐいっと引っ張られる。
そんな高そうなスーツに頭を乗せるのは気が引ける、と酔った頭で考えるけど、肩を引っ張られると抵抗する余地もなく、そのまま頭を乗せる。
「…すい、ません……あり、ら……ありが、とござ…い…ます」
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隣で頭を乗せている彼を見て、内心ほくそ笑む。
この後のこともあるから、ちょっと酒で酔わせれば良いと思っていたけど、まさかこんなに弱いとは思っていなかった。まあ、その方がやりやすいから全然良いのだけれど。
初めて会ったときから、売りをしている割には気弱というか、なんというか。
押しに弱い子だな、とは思った。そういう子が一番危険なのに。
今日も彼の性格を知っていたから、酔わせるためにあえて高いワインを買い、彼に飲んで欲しいことをさり気なく伝えているようで、半ば強制的に飲ませた。
アルコールが苦手なんだろう。
ワインを味わうことなく一気に口に入れていたが、グラスが空になるとウェイターが注ぎにくることを知らなかったのだろうか、僕の前で断れるはずもなく、また注がれるの繰り返し。
アルコールが苦手な人が何回もワインを一気に飲んだら、そりゃ酔うだろう。
僕もそれを狙ってやった。
ただ、気持ちいいことには正直で。
多分、自分の意志とは関係なしに誰かに身体を開発されてしまって、その熱を持て余した身体を使い、売りをしているんだろう。単にお金が無いかもしれないけど。
でも見た目からして男を惹きつける魅力はある。
実際、自分もずるずると関係が続いている。
こういう子を開発するのが一番楽しい
ただ、いきなりは無理だから最初は優しく接して、急に厳しくする。
まさに飴と鞭の関係だ。
みんな優しくされている間は、自分が主導権を握っていると勘違いしているだろう。
あくまでも、自分の意志で身体を売っている、と。
それをことごとく踏みにじることで、誰が主人かを分からせる。
自分は買われている側だったんだと。
この子はどんな表情を見せてくれるのだろうか、
ああ、これからすることが楽しみで堪らない
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