「……執務に戻ります。退きなさい」 「エケミル様……っ」 「私を組み敷いて体を繋げたからと、少しでも私に情が生まれたと思いましたか？……まさか。ただの身代わりに配る心など、私にはありませんよ」 　男の目が絶望に冷える。 　それも束の間、一瞬にして憤怒の熱が浮かび上がった。 　確かな殺気。男の手が私の首を締めようと伸ばされる。だが――。 「諦めろ。もうお前は用済みだ！」 　部屋の外に控えていたであろう黒衣の護衛が、男を私から引き離し、床に押さえつける。 　低く唸りながら護衛の下から逃れようと足掻く男へ、私は冷め切った視線を送った。 「後はお任せします。遺恨のないように……」 「分かりました。そのように」 　黒衣の護衛は素早く男のうなじへ手刀を落とす。 　グゥ……ッ、と濁った声を漏らしながら、男は動きを止めた。 　他の護衛が部屋へ入ってくると、黙々と男を担ぎ上げて先の護衛とともに出て行く。 　扉が閉じて、静寂が訪れる。 　寝台に横たわったまま、私は目を閉じて息をつく。 　……身の程をわきまえていたなら、生かしておいたというのに。 　もう二度と見ることがないだろう男へ、私は心の中で哀れみを送る。 　再びまぶたを開いた時、もう私の頭の中は間もなく屋敷へ来るだろう彼のことしかなかった。