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第11-1話※成人を迎えて

   ◆ ◆ ◆  エケミル様の期待に応えるということは、決して容易なことではなかった。  寝食をともにすることになった先人たちに俺は容赦なく扱かれ、体に青あざや傷は絶えず、筋肉は悲鳴を上げ続けた。  何度も全身を強打し、意識が飛んでしまったこともある。危うく死の縁へと突き飛ばされそうになったことすらある。  それでも逃げ出さずにいられたのは、時折エケミル様の寝所に呼ばれて過ごすことができたから。  手を伸ばせば届く距離に俺が居ることを許し、緻密に作り上げられた芸術品のような美しい顔を俺に寄せ、愛しげに見つめてくる眼差しが、俺にとって一番の心の糧だった。  俺を通して本当の想い人――陛下を見ていることは理解していた。  どれだけ優しい言葉をくれても、愛に溢れた手で頭を撫でてくれても、幼子をあやすように額へ口付けを与えてくれても、その先にあるのは陛下だ。俺ではない。  ただ陛下に渡せないものを、俺が代わりに受け取っているだけ。  ――身寄りのない俺にとっては十分すぎる役割だ。  エケミル様からの愛はどこまでも優しくて純粋で、それを預かる役目の俺だけが直接触れることができる。陛下本人ですら見ることができないというのに。  代わりだからこそ特別なのだと胸を張ることができた。  そしてエケミル様の近くが俺の居場所なのだと、日に日に考えを固めることができた。  喜びこそすれ、憂いなど一切感じることはなかった。だが――。

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