44 / 106
第16-1話王の不調
彼女の背を見つめながら、私は手を握り込む。
いつの間にか手汗が吹き出し、その冷たさが胸の奥にまで届く。
昨日の別れ際まで、陛下はいつも通りの笑顔を浮かべて私と談笑してくれた。
不調の気配はまったくなかった――まさか毒を盛られた?
……原因が分からない以上、その線も調べておこう。
近くの柱に視線を向けて目配せすれば、かすかに人が動く気配がした。
おそらく護衛の長だろう。彼は察しがいい。私が指示を出す前に動いてくれた。
陛下の元へ今すぐ駆けつけたい気持ちを抑え、私は執務室へ向かう。
我ながら恐ろしいほどに淡々と執務をこなす。
心はひどくそわついていながら、頭は冷静に回り、手は決まりきった文字を勝手に書き綴っていく。
どれだけ仕事を進めたのか、時間が経ったのか、感覚がまるで分からない。
ただひたすら机に向かい、これから必要が出てくるであろう執務をこなし続けていると――。
「……エケミル様」
低い声がして顔を上げれば、陛下と同じ顔の彼が、頭に深々と被る黒衣の下から沈痛な面持ちで私を見つめていた。
「本来ならばこの場で姿を現し、エケミル様に声をかけるなど許されぬことですが……見ていられなくて……」
頭では彼だと分かっているのに、思わず口が動いていた。
「……陛、下……」
ともだちにシェアしよう!