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第19-3話切望していたもの

 何も知らない先王陛下へ抱いていた身勝手で理不尽な感情。  しっかりと向き合ってしまった刹那、顔の至る所が小さく痙攣し、目元が緩み、視界を揺らしていく。  熱いものが頬を伝った感触に心をさらに揺らされ、私は彼の腕の中で声なく叫んでいた。 「……ッ……ぅぅ――……っ」  締め付けの強さから苦しんだと思ったのか、彼は私を腕から解放し、慌てたように正面を向かせて私の顔を直視する。  自分を律することができず、昂るままに涙を流す私を見て、彼が悲しげに顔をしかめる。  久しぶりに目にした、血が通い、精気に溢れている先王陛下の顔。  思わず私は先王陛下の名を呼び、彼の胸に手を伸ばして縋りつく。  そして声を上げて、私は泣きじゃくった。  本当はずっとこうしたかった。  先王陛下が病に倒れた時も、私が思い描いた陛下の一番が違ったと分かった時も、私を置いて逝ってしまった時も――。  感情が止まらない。  今まで作り上げてきた外の皮が剥がれ、歪んで育ち切った本性が姿を現わす。  心身を削り、尽くしてきた日々は無意味だった。  ならばもうやめた。愛しい声が私の自由を願ったのだ。私は私の望むままにやろう。  まずは、この従順でかけがえのない彼でこの身を満たそう。  すべてはそれからだ。  ずっと彼を断ち続けていたのだ。本当は彼の衰えぬ昂りで狂いたかったのに、健気な理性と良心がそれを許さなかった。もう我慢できない。

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