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第30-4話それでも貴方に生きて欲しい
彼の目が丸くなり、愕然となって体のすべてを強張らせる。
まさか私の口から手放すことを言われるとは思わなかったのだろう――自分でも驚いている。
彼は私のもの。哀れだと思いながら道連れにするつもりだった。
しかし、いざ私の望みが叶う日が間近になった時、彼を自由にしたくなった。
誰よりも愛おしくて恨めしい人と同じ姿の彼。
一番壊したい姿のはずなのに、彼だけは壊したくないと切に願ってしまう。
理由は簡単。
彼は先王陛下ではないから。
そして今は誰よりも彼を愛しているから。
しばらく見つめ合った後、ようやく彼の唇が言葉を紡ぐ。
「……なぜ、ですか?」
「もうあのお方の身代わりを必要としなくなった。それだけです」
今さら手遅れだと思いながら、敢えて突き放す言葉を使う。
これだけで彼が引き下がるとは思えない。案の定、彼は必死の形相で私の肩を掴んで訴えてくる。
「嫌です! これからエケミル様がどのような道に進もうとしているのか分かっているというのに、貴方の元を去ることなどできません!」
「その忠義には感心しますが、私の心はもう離れました。先ほどの口づけは餞別。出立の際には今までの給金を渡しますから、それを持ってどこへでも行きなさい。この国の外へ出て、商いをするも良いですし、自分の家庭を築くことも悪くありませんよ」
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