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第34-1話そして無名に奪われる
本当はもう身動きが取れない体なのだろう。しかし彼の声を聞いた途端、「ガァァァ……ッ」と獣のような濁った唸り声を出しながら起き上がる。
小刻みに震える体。浅く荒い息。残り僅かな命を削っている気配に胸が痛む。
理性はあるのだろうか? 黒衣の外套のフードを被ったままの顔を覗き込めば、彼の目に光がないことに気づく。本能だけで動いているのかもしれない。
彼が起き上がるとは思っていなかったのか、イメルドが咄嗟に陛下の前へ立って身構える。
「まだ動けたか! 陛下、どうか私の後ろへ。あの男は薬であり得ない怪力を手にしています。私の隙を突いて陛下を襲うやも――」
「その必要はありませんよ、イメルド殿」
私は彼へ手を伸ばし、フードの下の頬を撫でる。汗なのか、それとも涙なのか。彼の頬は濡れていた。
いずれにしてもそれだけ彼は私を想い、足掻いてくれた。
もっと利己的ならば私から逃げ出し、生きていけただろうに。
私のせいで命を削り、終わらせることになってしまった彼が哀れでならない。そして愛おしくてたまらない。
自然と私の顔に笑みが浮かんだ。
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