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第8話過去編
ヨゾラとナナトはいわゆるセレブの両親の間に生まれた。
しかし、ヨゾラとナナトの母親は、二人を出産後に亡くなった。
しばらくは父親が一人で子育てしていたが、二人が小学生になる頃に再婚した。
再婚相手は、派手好きで、いつも赤い口紅を塗った若い女だった。
ナナトには、父親にとって女の何が好ましかったのか、よくわからなかったが、父親は女の好きなようにさせて可愛がっていた。
双子のうち、女が好んだのは従順で甘えたがりのヨゾラだった。
ナナトはなんとなく気に入らなくて、必要以上に関わらなかったが、ヨゾラは人懐っこく、よく女に甘えていた。
そのうち五年ほどして、父親と女は離婚した。ナナトは父親についていくつもりだったが、女はヨゾラを欲しがった。
ナナトはヨゾラと一緒がよかったので、女についていく事にした。
それから父親とは音信不通になった。
女は自分の好みの男にする為に、自分が楽をできるように、ヨゾラに料理や掃除などの家事を仕込んだ。
また、家庭教師を雇い、細やかなスケジュール管理を徹底した。
ヨゾラは不満一つもらさず、与えられたものを享受していた。
対して、放置されているナナトにはヨゾラの気持ちがわからなかった。
――俺なら、こんな自由のない所、飛び出してやるのに。
実際、中学生になる頃には、ナナトが家に帰る事はほとんどなくなった。
あの家はひどく居心地が悪かったからだ。
ヨゾラはまだ女のお気に入りだった。
たまに見かければ、女はヨゾラの作った料理を褒めちぎり、頭を撫でまわしていた。
ちょうど少年から青年になりつつあったヨゾラは儚げな雰囲気を纏っており、女はことさら可愛がった。
ある日、ナナトは荷物を取りに、珍しく家の中に入った。
そこで玄関まで響く女の怒鳴り声と、かすかにヨゾラの泣き声が聞こえて、ナナトは慌ててリビングに駆け込んだ。
ヨゾラの服は破れ、頬は叩かれたのか腫れていた。ヨゾラは抵抗せずに、ただ泣きながら部屋の隅で震えて身を縮こませている。
――どうして言うことが聞けないの! お前も年頃なんだからやり方を教えてやるって言ってるのに!
その怒鳴り声で何があったのか、だいたい理解したナナトは震えるヨゾラの手を引いて逃げ出した。
しばらく走って、もういいだろうとヨゾラの手を離し、歩き始めてもヨゾラまだ泣いていた。
ナナトの少し後ろをとぼとぼと歩いている。
幼子のような姿にナナトは呆れてため息をついた。こんな奴が双子の兄だなんて、情けない。
「ヨゾラ……お前もう中学生だぞ、逃げるなり、抵抗するなりしろよ。情けねーな」
ヨゾラは一瞬だけ怒ったような顔をしたが、黙り込む。
そして、しばらくしてポツリと呟いた。
「あそこが僕の居場所です。逃げたら僕の居場所がなくなる。……僕は帰ります」
ヨゾラはナナトに背を向けて家の方角に歩き出す。
ナナトは消えてしまいそうなヨゾラの背中に向かって叫ぶ。
「じゃあ、自分で、俺達で新しく居場所を作ればいいじゃん! またあの女の言いなりになんのか、お前!!」
ヨゾラが振り向く。
また泣きそうな顔をしていた。
「……嫌です。もう勉強も、料理もしたくない。叩かれるのも、抱きしめられるのも怖いから嫌だ」
ヨゾラが真っ直ぐにナナトを見る。
「ナナトと行きます。あなたが僕の居場所になってください。それならあなたといる限り、僕は居場所に困らない」
強い意志の光がヨゾラの目に宿り、キラキラと輝いている。
先程の弱々しい、泣いているだけのヨゾラはいなくなっていた。
ナナトはヨゾラの手を取り、にこりと笑った。
「……いいよ、ヨゾラ!その代わり、俺の居場所もヨゾラだからね。ずっと一緒だよ」
それからしばらくは彷徨っている所を拾われた施設に入り、アルバイトするようになった高校生からは施設を出て、二人で暮らし始めた。
お金にゆとりはなかったが、二人は慎ましく生活していた。
暮らし始めてしばらくして、二人は一度だけあの家に行くことにした。
ヨゾラがどうしても父親が残していったアルバムを取りに行きたいと言ったのだ。
意を決して開けた扉の先で、女は死んでいた。
死後随分と時間が経っていたようで、白骨化していた。
ヨゾラはそれを食い入るようにいつまでも見つめていた。
「ああ、あんな人でも骨は綺麗なんですね」
ヨゾラが静かに呟いた。
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