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第9話モブ
あの男は義理の母の、あの女の葬儀に来ていた。だが、挨拶したぐらいで、接点はなかったはずだ。
ヨゾラとはどこで知り合ったのだろう。
疑問は多かったが、ナナトは近くのネカフェに入り、GPSと一緒に仕込んだ盗聴器で音声を拾う。
「ヨゾラ君、元気にしてた? まず一緒にごはんを食べようよ」
男の楽しげな声が聞こえてくる。
「ヨゾラ君は何が好き? なんでも頼んでいいよ」
「いりません」
ヨゾラのそっけない声も聞こえた。
「あは、つれないなぁ。まぁいいよ、おじさんが食べさせてあげる」
男がフロントに電話をかけ、しばらくすると、ガラガラと室内に配膳車が入ってきた音が聞こえてきた。
「普段ちゃんとしたごはん、食べてないんだろう? たくさんたべなよ、ほら」
「そんなにいりません」
ヨゾラが冷たい声で言うと、男は大きな声で笑う。
「あはははっ! わかったぞ! 満腹になったら感度が下がるっていうもんね、ヨゾラ君はえっちだなぁ」
ナナトは不快感に顔を顰め、ギリッと奥歯を噛み締める。この後の展開はだいたい読めるが、確たる証拠が必要だ。
「さぁ、ヨゾラ君。脱いで脱いで」
しばらくすると、食事が終わったのか、男がバサバサと服を脱ぐ音がする。
「……その前に前金を頂きます」
「ははっ、いいよ。ヨゾラ君はお金大好きだなぁ、ほら十万でいい?」
ナナトは気分が悪くなってきた。頭がグラグラする。
――ヨゾラは金が欲しくて、こんな事をしてるのか?
「……確かに。どうぞ、ご自由に」
「あー、すべすべのお肌だぁ。今日も可愛がってあげるからね」
それ以上はとても聞いていられなくて、ナナトは盗聴器の電源を切った。
――ヨゾラが、あのオッさんにお金貰って抱かれている。
誰かと会っている事は確実だったが、まさか身売りをしているとは思わなかった。
改めてその事実を突きつけられて、ナナトは頭を抱えて、茫然とした。
ぽたぽたと熱い雫が頬を伝い、鼻の奥がつんとする。
胸が苦しい。息ができない。
自分の事を好きだと言ってくれたヨゾラ。
見つめ合い、笑い合った思い出がどんどん黒く塗りつぶされていく。
どんな顔で笑っていたのか、もう思い出せない。
一番大切だと思っていたものは、いつの間にか金と欲に塗れていたのだ。
偽りの顔で、好きだなんて、よく言えたものだ。
「……もういらない、ヨゾラなんて、いらない。どうせ捨てるなら、捨てる前にぐちゃぐちゃに壊してやる」
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