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第12話
それから数日が経過した。
ヨゾラが帰ってくる気配はない。
多分もうここには帰っては来ないだろうとナナトは考えていた。
仮に帰って来たところで、どうすればいいのかわからない。
ヨゾラがどこで生きようがナナトには関係ないし、ヨゾラの居場所はここじゃない。
けれど、胸のどこかに針が刺さったような痛みが残っている。
そして、ふとヨゾラのカバンに忍ばせたままの盗聴器の事を思い出した。
ヨゾラは鞄だけは持っていったようだった。
受信機も、もう捨ててしまってもいいが、ナナトは何となくカチリとスイッチを入れる。
最後に一度だけヨゾラの声が聞きたかった。
すると、雑音混じりの中に確かにヨゾラの声が聞こえてきた。
「……父さん、僕、ナナトに……嫌われてしまいました」
「父さん?」
聞き慣れない単語にナナトは思わず呟いてしまう。
「僕が、僕が、嘘をついたから、ナナトは怒って……」
鼻を啜る音が聞こえる。
「でも、僕にはお金が必要で……施設の費用を払うにはこうするしか……」
「施設の費用……?」
そんな事、今まで一度もヨゾラから聞いた事がない。
「もう家には戻れません。……でも大丈夫ですよ、父さん。ここのお金は今まで通り、ちゃんと僕が稼ぎますから。安心して、早く良くなってくださいね」
それからはヨゾラが鞄を持って、歩き始めたのだろう、ただ雑音を拾うのみになってしまった。
「どういう事なんだよ……」
ナナトは受信機のスイッチを切り、頭を抱える。
――父親が入院していて、費用はヨゾラが負担している?
「なんで何も話さなかったの、ヨゾラ」
ナナトには、何でも話して、とヨゾラは言うのに、ヨゾラ自身は何も語らず、隠していた。
ヨゾラが身売りをして稼いだ金はすべて費用負担にまわしていたのだろう、だからこそナナトもヨゾラの変化に気がつかなかった。
「そうだ、GPS……!」
GPS表示を見れば、市街から少し離れた介護施設にヨゾラがいる事がわかった。
――もう一度会って話さないと!
ナナトは家を飛び出した。
ヨゾラは施設の廊下をゆっくりと歩く。
二年前に脳梗塞で倒れた父親は、未だに意識が戻らない。
医者からはおそらくずっとこのままだろうと言われている。
急性期を過ぎ、病状が落ち着いてくると、病院に長く留まる事が出来ず、病院からこの施設を紹介された。
だが、医療的管理が必要な父親を入所させ、今後も面倒を見ていくには、多額の費用が必要だった。ナナトと今まで貯めたお金では到底足りない。
義理の母と結婚する際に、父親は自分の実家から勘当されていたので、頼れなかった。
途方に暮れていた時、義理の母の葬儀に参加していた義母の兄の存在を思い出した。
困った時は連絡しておいでと、叔父はヨゾラに連絡先を渡していた。
彼を頼るしかない、そう思い連絡すると、お金を融通すると快く応じてくれた。
だけど、タダじゃダメだ、お金を渡す代わりに抱かせて欲しいと叔父はヨゾラに言った。
叔父の、自分を見る目が性的なものである事は薄々気がついていた。
ねっとりとねばつくような視線で、たびたびヨゾラを見ていたからだ。
ヨゾラはナナトが好きだ。それも、恋愛感情を伴う『好き』だった。
ヨゾラの手を引いて、義母の所から連れ出してくれた時からずっと好きだった。
だけど、ナナトはきっと違う。
ヨゾラが自分の居場所になって欲しいと言ったから、ずっと一緒にいてくれているだけだ。
いつかナナトには恋人ができて、結婚して、子どもができるかもしれない。
いずれ、ナナトはヨゾラの居場所ではなくなる。いつまでも二人ではいられない。
それに父親を見捨てれば、自分とナナトと父親の、楽しかった思い出まで、捨ててしまうような気がした。
――ナナトにさえバレなければ、父親を見捨てる事なく、ナナトとも一緒にいられる。
嘘をつかれるのが嫌だと言うナナトに嘘をつく事になるが、叔父の言う事を聞いてお金をもらうしか方法はない。
ヨゾラは覚悟を決めて叔父の提案を了承した。
初めは怖かった。
気持ち悪いと思った。
けれど、どんどん体が慣れていって、やがて快感を感じはじめると、体は快感に従順になった。
抱かれるたび、気持ちと体がバラバラになった気がした。
――お金の為に体を差し出しているのか、快楽の為に体を差し出しているのか。
ヨゾラにはわからなくなってきていた。
――僕の帰る場所はもうどこにもない。でも、お金が必要だ。
こぼれそうな涙を堪えて、ヨゾラは叔父に電話をする。
お金のあてなんて一つしかない。
「叔父さん、こんにちは。僕、住む所がなくなったんです。叔父さんの所へ行ってもいいですか」
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