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第14話

「おや、ナナト君。今日はバイトの日じゃないですよね」  ナナトが訪れたのは、自身のバイト先のバー。  少し客足が落ち着いた時を見計らい、入店する。  都合の良い事に店長は従業員控え室で一人書類の整理をしていた。 「店長、お話があります」  珍しく焦った様子のナナトを見て、店長はスタッフにしばらく離れる旨を伝え、ナナトを奥の自室に案内する。 「……辛そうな顔をしていますね。ハーブティーでも淹れましょうか」  ナナトの返答を待たずに、店長はティーセットの準備をする。 「店長、探して欲しい人がいるんです」  お湯を沸かす店長の側でナナトがか細い声で呟く。 「人探しですか、私の知り合いに腕のいい探偵がいます。紹介しましょう。お探しの方はどなたですか」 「俺の、双子の、兄です」 「なるほど。では、まだ二十歳ぐらいの青年ですね。心当たりがある場所はもう探しましたか?」  優しく問いかける店長に、ナナトは言い淀み、しばらくして口を開く。 「……兄は、ヨゾラはお金欲しさに身売りして、その相手の所にいるみたいなんです」  店長の手がピタリと止まる。 「星月茂……俺達の義理の叔父の所にいます」 「ふむ、たしか星月コーポレーションの副社長ですね」 「……早く、探さないと、ヨゾラが……帰って、こない、気がして」  ナナトの瞳から堪えきれない大粒の涙があふれでる。 「俺、ヨゾラに……ひどい事してっ、裏切られたと思って、嘘つかれて嫌だったからっ……許せなくって」  泣き続けるナナトの頭を店長は優しく撫でる。 「俺はヨゾラに会って、ちゃんと話がしたいんです。ヨゾラが、どうして、嘘をついたのか」 「……彼は、貴方にとって、とても大切な人なんですね」  ナナトは力強く頷く。 「分かりました。すぐに手配します。ですが、お金を要求されると思います」  店長は優雅な動作でハーブティーを入れ、テーブルに置く。 「いくらですか……!俺、働いて……」 「三百万」  店長は淡々と言い、ナナトを見つめる。 「さん……びゃ、く……!!」  あまりの金額に、ナナトが息を呑む。 「私の知り合いは腕がいい分、報酬は高めです。特に相手が大企業の副社長ともなれば、情報収集の難易度は跳ね上がる。わかりますね」 「…………」  黙ってしまったナナトの胸元を店長の長い指が滑る。 「どうです? 貴方も身売りしませんか? なに、貴方の容姿ならすぐに稼げますよ。なんならお兄さんと一緒に身売りして、付加価値を高めれば、二人とも贅沢な生活ができますよ」  店長の唇が弧を描く。瞳はとても楽しそうに細められている。 「駄目です。それだけはできません」 「……どうして?」  店長はナナトが即答した事に驚きながら、まだ楽しそうに笑っている。 「ヨゾラと同じ事をしたら、俺が傷ついたみたいに、ヨゾラも傷つくから。こんな思い、ヨゾラにして欲しくないんです」  店長は目を丸くして、それから笑い出した。 「ふ、ふふふっ。本当にお兄さんが好きなんですね」  泣き笑いまでして、指で目元を拭う。 「お金はキチンと払います。ただ、少し待って頂けないか、俺から知り合いの方にお願いしてみます」  店長はひとしきり笑った後、にこりと笑う。 「いいえ、お金の事は心配しないで。安心なさい、すぐに居場所がわかりますよ。さあ、それを飲んだら帰りなさい。気をつけて」  ナナトを部屋に残して、店長はプライベート用のスマホを手に控え室に戻る。  スマホを操作し、電話をかける。しばらくコールが続いた後、相手が電話に出る。 「……もしもし、私です。なんです、その声は。寝ていたんですか」 「依頼です。星月コーポレーションの副社長のプライベートルームを探してください」 「ええ、翁に頼まれた麻薬の件もありますし、これは大きな収穫が期待できそうです。では詳細は今夜また」  店長は通話を切る。  かの副社長は滅多に人前に出ず、会議などもパソコン越しに行うと有名だ。そんな人物の尾を掴むのは、さぞかし骨が折れるだろう。 「……頼みましたよ、リク」

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