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第18話※モブ

「ナナト君、ナナト君」  優しく肩を叩かれながら名前を呼ばれ、ナナトはハッと目を覚ます。 「行きますよ、心の準備はいいですか」 「はい」  ナナトはルームサービスを持って行くホテルの従業員の後に続く。  ルームサービスを運び入れる隙を狙って部屋に侵入する算段だ。 「失礼いたします、ルームサービスをお持ちしました」  従業員が扉の横のインターホン越しに話しかける。 「……合言葉は」  間違いない、盗聴器から聞こえた男の声だ。 「犬、猫、魚」 「……よし、食事を置いたら、二時間後に取りに来い」  合言葉の設定までしており、警戒心が強い男だ。  もし、一人で来ていたら何もできずに、むしろ男の警戒心を刺激してしまっていた可能性がある。最悪の場合、男はヨゾラを連れて、別の安全な所へ逃げていたかもしれない。  しばらくして、カチリ、と鍵の開く音がする。  ナナトはホテルの従業員の後ろについて部屋に入る。  男が待ち構えているかと警戒したが、部屋に男はいない。  従業員によると、いつもこの部屋に食事を置いて、退室するらしい。稀に男が取りに来たり、奥の部屋まで持っていくが、滅多にないそうだ。  中は六畳ほどの広い空間と正面にもう一つ扉がある。  正面に見える扉は少しだけ開いていて、そこから途切れ途切れの嬌声が聞こえて来る。  ――ヨゾラの声だ。 「…………っ!!」  ナナトは居ても立っても居られなくなって、正面の扉を勢いよく開ける。 「……あ、あ、はぁ、ん……ぁ」  ヨゾラが男の腹に手をついて、緩慢に腰を揺らしていた。  ゆっくりと腰を上げては落とす様子は、快感を追うというよりは、まるでゼンマイ仕掛けの機械の様だった。 「あっ、あっ、ああ……ヨゾラ君! 気持ちいいよぉ」  興奮した男がヨゾラの腰を掴み、下から突き上げる。  ヨゾラはその勢いに体を支えきれずに、男の体の上に倒れ込む。 「あは、甘えん坊さんだなぁ、ヨゾラ君は……!」 「あ、あぅ……あっ、あ」  ヨゾラは男の上に倒れたまま、激しく何度も突き上げられているが、時折かすかな喘ぎ声を上げ、ただ揺さぶられているだけだ。  目は虚ろで焦点が合わず、口端からは精液混じりの白濁した唾液をこぼし、痣だらけの体はすっかり脱力し切っていた。  あまりの変わり果てた姿に、自分の知るヨゾラがどこかへ行ってしまったような気がして、愕然としたナナトは震える足でヨゾラに駆け寄る。 「ヨゾラ……ねぇ、ヨゾラ、起きて」  背中を優しく撫でるが、ピクリと体が動いただけで頭を起こそうともしない。 「……!! な、なんだ、お、お前はっ!! どうやって入った!」  行為に夢中だったのだろう、男はやっとナナトの存在に気がつき、動揺する。  しかし、ヨゾラが男の上にいるせいで、男は身動きがとれずに、ただ睨みつけるだけの情けない姿になっていた。  ナナトはヨゾラの脇から手を差し込んで上体を起こし、男から引き剥がした。 「ひ、あっ……!」  男のものが抜けて、ヨゾラは体を震わせ、嬌声を上げた。ぴゅく、とごく少量の精液がヨゾラから吐き出される。 「ヨゾラ、ヨゾラ」  呼びかけるが、反応がない。ナナトに体を預け、ぐったりとしている。 「何なんだ、お前はっ……!! ヨゾラ君から離れろっ! 僕とヨゾラ君の、愛の邪魔するなぁっ!!」  ようやく男が体を起こし、怒鳴りながら鬼気迫る表情でこちらに向かって来ようとする。 「……探しましたよ、副社長」  その声を聞いた途端、ピタリと男の動きが止まった。  さらにカイトの姿を目にすると、男は「ヒイッ」と情けない悲鳴をあげた。 「貴方が持ち逃げしたもの、随分と有効活用されているみたいですね。ですが、貴方が流通させているものは混ぜ物が多くて、翁はお怒りです」  男がベッドから転げ落ち、裸のまま、もつれる足を動かして扉に向かおうとする。扉の近くのカイトは丸腰だ。すり抜けて逃げるつもりなのだろう。 「純度の高さを売りにしているのに、これでは名に傷がつくと。翁は純正品を真似た不良品の回収と首謀者である元研究員の処分をご希望です」  カイトの後ろからリクと数人のスーツの男が入ってきて、退路を断ち、あっという間に裸の男を縛り上げる。  男は顔面蒼白になりガタガタと震え、ヒュー、ヒューと過呼吸を起こして座り込んでいる。 「翁を怒らせるなんて、馬鹿な人。星月家も既に貴方を見放し、好きにしていいと言われていました。家の名に泥を塗ったのですから当然ですね。……連れて行きなさい」  カイトの指示でスーツの男達は引きずるようにして、裸の男を連れて行く。  静寂を取り戻した部屋にはカイトとリク、ナナトとヨゾラだけが残った。

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