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第19話

「おい、よく見せろ」  リクがぐったりとしたヨゾラを抱えるナナトのもとに近づき、ヨゾラの様子を観察する。 「カイト、前に渡したやつの成分はわかったか?」 「経口摂取すると、強い催淫効果に、感覚過敏、軽い酩酊作用。依存性はごく低く、時間経過による代謝で排出可能との事です」 「この兄ちゃん用にあの男がブレンドした特別製だな。体から落とそうってか。随分と気に入ってたみたいだな」 「巷に出回っているものは依存性が高く、もっと悪質でしたからね。そちらではなくて良かった」 「おい、ナナト」  リクが無言でヨゾラを見つめているナナトの肩を叩く。 「あ、リクさ、ん……」 「よく聞けよ。この兄ちゃんがこんななのは、あの男が調合した薬のせいだ。効果は催淫がメインで時間経過で治るが……何度か打たれてるな。どうする、病院に連れてくか?」 「……家に、連れ帰ることはできますか」 「見れん事はない。が、何かあった時に……」 「なら、連れて帰ります」  ナナトはヨゾラを抱きしめたまま、けして離そうとしない。  ――まるで手負いの子を守る獣じゃねぇか。自分の巣に連れ帰るのが一番安心できるって所か。  リクは眉間を押さえて、大きなため息をついた。 「……水分補給をしっかりしてやって、呼吸がおかしいとか水分が取れないとか変化があれば、すぐにココに連絡しろ」  リクは手帳を取り出し、サラサラと番号を書いてナナトに渡す。  カイトはナナトの肩を優しく撫でる。ナナトの瞳は揺れていて、ひどく不安気だ。 「落ち着いて、大丈夫ですよ。リクは元医者ですし、仕事の関係上、薬関係にも詳しいので、しっかり頼るんですよ」 「え、医者……?」  ナナトがびっくりした顔でリクを見ると、眉間の皺がより深くなっていた。 「なんだ、言いたい事があるのか」  恐ろしく機嫌の悪そうな声で凄まれたので、ナナトはぶんぶんと首を振る。 「ああ、それから、後……その……な……」  先程の勢いはどこへやら、リクは急に言い淀む。目線がナナトを見たり、ヨゾラを見たりと忙しない。 「リク、ナナト君とヨゾラ君は恋人です。ね、ナナト君」 「え? あ、はい。俺の大切な人です」  それを聞いたリクが突然頭をガシガシと掻く。顔が少し赤い。 「お前、精力剤と栄養ドリンクやるから飲んどけ。搾り取られるぞ」  ボソッとリクが呟いたが、あまりに小さな声だったので、ナナトにはよく聞き取れなかった。 「……え?」 「だから!! 催淫効果が出ている間はヤる事になるって言ってんだ!」  リクは大声で叫んだ後、しまった、という顔で俯く。顔は先程よりさらに赤くなっていた。それを見て、カイトは一生懸命に笑いを堪えている。 「あっ、えっ! あ、わ、分かりました……」  そういう事かと思ったが、恥ずかしそうにされるとナナトまで恥ずかしくなってくる。顔が赤くなっていくのを感じ、下を向く。  もじもじする二人を見て楽しんでいたカイトだったが、この気まずい雰囲気を変える為にパチンと手を叩く。 「決まりですね。じゃあ、ヨゾラ君を綺麗にしてから帰りましょう。帰ってからナナト君一人でお風呂に入れるのは大変ですからね。私がヨゾラ君を運びますから、ナナト君も一緒に」 「あ、はい!」  名前を呼ばれてナナトは跳ねるように顔をあげる。カイトが軽々とヨゾラを持ち上げて、浴室に向かうのを必死で追いかける。 「はぁ……」  リクは一人残された部屋で盛大なため息をついた。  浴室に柔らかな湯気が立ち込める。ヨゾラが椅子に座れなかったので、浴室の床にバスタオルを敷いた。その上にへたり込むヨゾラの体をナナトが支える。 「ヨゾラ君、少し痛みますよ」  カイトがゆっくりとシャワーのお湯を体に当てる。 途端にそれまでぐったりとしていたヨゾラが身を捩り、背中を大きく逸らせる。 「……っつ、あっ、あ……!」  目を見開き、数度体を震わせると、再びぐったりと体の力が抜けた。 「シャワーも辛いですね、少し我慢してください」  カイトは手際良くヨゾラの体の汚れを落としていく。少しずつシャワーの刺激に慣れてきたのか、ヨゾラは体を震わせることなく、ナナトに身を預けている。 「私も……昔、同じような目にあった事があるんですよ」  シャワーの音が響く浴室に、カイトの独白が響いた。 「助け出されるまでに三年かかりました。それでも親友が必死に探し出してくれて、世話までしてくれて。普通の生活が送れるまでに、さらに二年かかりました。本当に……長かった」  カイトが優しくヨゾラの髪を撫でる。  ヨゾラは気持ち良さそうに目を細め、ゆっくりと目を閉じる。やがて、静かな寝息が聞こえてきた。 「ヨゾラ君にナナト君がいて良かった。私が親友に助けられたように、ナナト君はヨゾラ君の支えになってあげてくださいね……さて」  カイトはシャワーを止めて、ヨゾラを抱き上げる。 「家まで送りますよ」  カイトは車に二人を乗せ、アパートへ向かう。到着後、部屋の布団にそっとヨゾラを寝かせる。ヨゾラはまだ眠ったままだ。 「そうだ、これを渡しておきますね。使ってください」  カイトが一度車に取りに行った大きな紙袋には、経口補水液、インスタント食品、栄養ドリンクや精力剤、ゴム、アダルトグッズまで一見しただけでも多種多様な物が入っていた。 「シャワーは大変だと思いますので、適宜体を拭いてあげてくださいね。中出しするとお腹を壊す事があるので、ちゃんとゴムをしてください。 では私はこれで。何かあったら連絡してください」  ガチャリと扉が閉まってしまうと、部屋にはナナトとヨゾラだけになる。 「……はぁ」  ナナトは人知れずため息をつく。じわりと目の奥が熱くなる。思わず、ヨゾラの手を両手で握り込む。ナナトの両手は小刻みに震えていた。  ――怖かった。  ――もう少しでヨゾラが手の届かない所へ行ってしまう所だった。 「あんなオッさんに一生飼われるなんてさ、人生もったいねぇよ。……この、馬鹿ヨゾラ」  ヨゾラは安らかな顔ですぅすぅと寝息を立てている。 「ほんとに、無事で、良かった……」  ぽたり、ぽたりと涙がヨゾラの布団に落ちた。 「お願いだから、一人でなんとかしようと、しないで」  嗚咽混じりの願いは静かな部屋に溶けていった。

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