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第21話
「……ナナト?」
ヨゾラがぱちりと数度瞬きをすると、弱々しいながらも意思の光が瞳に宿る。
「うん、おはよ」
「僕は、どうしてここに?」
「俺がバイト先の店長にお願いして、ヨゾラの場所を調べてもらった。後は手伝ってもらって、ヨゾラをオッさんから取り返して、帰ってきたんだよ」
ヨゾラは瞳を伏せて、ぼそりと呟く。
「僕、貴方に、ずっと、嘘を」
「うん、父さんの入院費用とか諸々を稼ぐ為にオッさんに身売りしてたんでしょ。サークルのお泊まり会、って俺に嘘ついて」
「……はい」
「どうして話してくれなかったの」
「……一人で、なんとか、できると、思って」
たどたどしく答えるヨゾラをナナトは呆れた表情と冷やかな目で見る。
「できてないじゃん。ずっとあのオッさんにお金もらうつもりだったわけ? 何十年も?」
「……それは」
「無理なんだよ、もう一人で抱え込んじゃダメ。色んな人に迷惑がかかる。息子に身売りさせて、父さんが喜ぶと思う?」
「……いいえ、いいえ」
ヨゾラが静かに首を振る。
「父さんの事、いい方法がないか一緒に考えて、他の人にも聞いてみよう。……ね?」
ナナトはヨゾラの顔を覗き込む。ヨゾラが顔を上げると、ナナトは穏やかな顔でヨゾラを見つめていた。
「ナナト、怒ってないんですか」
「怒ってるよ、あんなオッさんとセックスしてるヨゾラは俺の知らないヨゾラだもん。俺のヨゾラじゃない。嘘つきも嫌い」
「……」
「でも、ヨゾラなら俺の事わかって、これからは俺の望むヨゾラでいてくれるよね?」
声音はいつもと変わらない、むしろ優しい響きすらあるが、目は全く笑っていない。
ナナトが本当に怒っているのだとヨゾラは確信する。
選択肢を誤ると、二人とも身を滅ぼす結果になりそうで、ヨゾラは慎重に答えを探す。
「貴方の望む僕でいられるように、これからは善処します。貴方にきちんと相談します」
無難にナナトが求めている事を簡潔に答える。ナナトは鼻で笑って首を振る。
「そんな模範解答求めてねーんだけど。もう一回」
ヨゾラは瞼を閉じ、目を開けて真っ直ぐにナナトを見る。
――ナナトの望む僕は、いつもの、ナナトの隣にいる僕だ。それなら。
「……僕はもう一度貴方の居場所になりたいです」
ナナトは嬉しそうに目を細めて、ヨゾラの頬に触れるだけのキスをする。
「……うん、もう離れようとしたらダメだよ。俺の居場所もヨゾラなんだから」
「はい」
「今度一人で相談なしで、なんとかしようとしたり、黙ってどっか行ったら……ヨゾラの事、飼うからね」
ナナトはニコリと笑う。笑っているが、瞳は真っ黒で、どろりとした何かが瞳の中から渦を巻いて、部屋を埋め尽くすような気がして、ヨゾラは背筋が凍りつく。
「誰にも触れさせないし、どこにも行かせない。二度目はないよ、わかった? ナナト」
「……は、い」
ヨゾラは目を逸らした瞬間に喉元に噛みついてくるような猛獣を前にしたように、ナナトから目を逸らす事ができずにいた。
かろうじて返事をするとナナトが微笑み、部屋に渦巻くどろりとした雰囲気は霧散する。
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