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括り紮げる 3

オレは自分の中の醜(みにく)い感情全部を堪(こら)えて、押さえていた体を離して、緋音さんを完全に解放すると、緋音さんに微笑みながら背中を向けた。 「今日は緋音さんの好きな筍ですよ。早く着替えてきて下さい」 「え・・・ああ・・・」 オレは緋音さんを振り返らずに、掃除したばかりの茶色のフローリングの廊下を歩いて、キッチンへと戻る。 緋音さんが洗面所でうがいと手洗いをしている気配がする。 オレのキスが嫌だったとかじゃなく、これはただの習慣だ。 休みがほとんどなく仕事が入っているので、感染症にかかるわけにはいかないから、オレがしつこく言って習慣化させたこと。 それから、緋音さんはルームウェアである、適当な白いTシャツに下はスウェットに着替えてキッチンに姿を現した。 最近になって、若干(じゃっかん)視力が落ちてきている緋音さんは、仕事ではコンタクトレンズを使用するが、家にいる時には眼鏡に切り替える。 黒縁の大きいダッサイ眼鏡をかけて、すっぴんで、色気もないTシャツとグレーのスウェットに着替えてくる。 あまりにダサい、いけてない格好なのに、それなのに。 元々の顔立ちが奇麗すぎて、立ち居振る舞いが仕草が優雅で、流れる視線や紡(つむ)がれる声が嫋(たお)やかで。 ダサいのに美しいと思ってしまう。 緋音さんはダイニングテーブルに近づいてきて、自分の椅子を引きながら、テーブルに並ぶご飯を見て、嬉しそうに微笑んだ。 「筍フルコースだ、やった」 いそいそと椅子に座って、大きな瞳を細めて、本当に嬉しそうに微笑んでくる。 こんな表情(かお)見せられたら、もうダメじゃん? 可愛くて可愛くて、どうしたらいいのかわからないし、どうもしなくていいんだろうけどどうにかなんかしたくなるじゃんってかなにかされるのきたいしてるんじゃないかなってなにもしないほうがしつれいなんじゃないか・・・。 冷えた白ワインとグラスを2つ持ったまま、オレは緋音さんの笑顔に翻弄(ほんろう)されて固まったまま立ち尽くしていた。 「珀英?どうした?」 「あ・・・・・・いえ、何でもないです」 「変なやつ。ほら座れ」 くすくす笑いながら緋音さんに『お座り』を言われたので、オレは素直に緋音さんの前の椅子に座る。 お互いに定位置に座ったのを確認して、緋音さんがそっと手を合わせた。 「いただきます」 「いただきます」 箸(はし)をとって食事を開始する。オレは白ワインをグラスに注いで緋音さんと自分の前に置いた。 美味しそうにご飯を食べてくれて、ワインを飲みながら、緋音さんは今日あったこととか、仕事の話しとか、なんてことのない他愛のない会話をしながら、穏やかに微笑む。 オレは同じようにご飯を食べながら、緋音さんの奇麗な顔や、可愛い声を聴きながら、二人の時間を堪能する。 こうして何気(なにげ)ない日常を一緒にすごせることが、嬉しい。 オレの前では何も気負(きお)っていない、素の表情を見せてくれることが、本当に嬉しい。 緋音さんの話しを聞きながら、穏やかな時間を過ごす。 いつもより多めの夕飯だったが、緋音さんは好物の筍だったせいか頑張って全部食べてくれた。 緋音さんが少し苦しそうにお腹をさすって、軽く息を吐き出す。 椅子に深く寄りかかると、再び手を合わせた。 「ごちそうさまでした・・・お腹いっぱい・・・」 「くすくす・・・ごちそうさまでした」 オレは綺麗に平らげてもらえた食器を重ねて、シンクに持って行き、そのまま食器を洗っていたら、緋音さんが隣に立つ気配を感じた。

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