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括り紮げる 5

促(うなが)されるようにオレは自分の定位置の、緋音さんの真正面の椅子に座り、注いでくれたワインを口に含んだ。 白ぶどうの微(かす)かな甘味が口の中を満たして、果実の香りが鼻腔(びくう)を抜けていく。 その淡い琥珀色(こはくいろ)の液体を飲み下し、軽く息をついた。 同じようにワインを飲んでいる緋音さんをチラリと見て、肩を落とした。 いつもと変わらない、凛(りん)としながらも嫋(たお)やかさと、気怠(けだる)さと、色香を漂わせている、緋音さん。 オレは視線を落として深く溜息をつく。 「本当はもっと前からわかってたんですよね?アルバムの曲数作るの、そんなすぐにできるわけないじゃないですか」 「まあね・・・やっぱバレた?」 「当たり前じゃないですか」 オレだってバンドやってて活動してるんだから、10曲以上必要なフルアルバムの曲が、そんなすぐにできないことなんかわかってる。あと歌詞もそんなすぐできない。オレは自分で歌詞書いてるからわかるけど、本当にあの作業は地獄。 「だってお前、拗(す)ねるじゃん」 「ええっ?」 緋音さんの突然の言葉にびっくりして、ワイングラスを握り締めながら、反射的に顔を上げて、緋音さんの愉(たの)しそうな、本当に愉しそうな、オレを揶揄(からか)う奇麗な瞳と目が合う。 「今だって拗ねてるし・・・仕事なんだからしょうがないだろ」 「そんなこと・・・わかってますよ!」 「ほら、そういうの。・・・ほんと犬が拗ねるとめんどくさい」 緋音さんがワインを飲みながら、人差し指を立ててオレを指差す。 ころころと鈴を転がすような、笑うと少し高くなる緋音さんの声が鼓膜(こまく)を揺さぶる。 本当にこういうところ。 こういう人を揶揄(からか)って、翻弄(ほんろう)して楽しむところ! やめた方がいいと思うけど! オレは嫌いじゃない! 何も言えずに歯を食いしばっていると、緋音さんはビンに残ったわずかなワインを自分のグラスに注いで、右手で頬杖をついて、左手でグラスを弄(もてあそ)びながら言った。 「明日、仕事夕方からだけど・・・」 それが何を意味するのか、緋音さんも、オレも充分すぎるくらいわかっている。 緋音さんがセックスしてもいい時に使う言い回し。 明日朝早く起きなくていいから、今夜してもいいっていう、誘い文句。 しかも緋音さんは普段は絶対しない、妙に熱っぽい瞳で見つめてきて、紅い口唇を更に紅い舌で舐めて、思いっきり誘ってくる。 本当にもうこの人は・・・!! こうすればオレの機嫌が直るとか、そういうの全部わかってて、こういうこと言ってくる。 こんな風にわかりやすく、色っぽく艶(つや)っぽく誘ってきて。 本当にもう、やめて欲しいと思う。 でも・・・・・・・・・・・大好きっっっ!! オレは残っていたワインを一気に呷(あお)って飲み干すと、ガタン!っと椅子を蹴(け)るように立ち上がった。 思いっきり眉根を寄せて、完全に拗ねた表情(かお)をしているのが自分でもわかる。

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