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括り紮げる 17

珀英はいつものように長い金髪を一つに縛って、黒いロングコートを着ている。オレが着たら足首まで覆いそうだが、珀英は身長が高いのでふくらはぎくらいだった。 顔も精悍なつくりで所謂(いわゆる)イケメンだから、モデルみたいに格好いいのに、中身が犬だからな・・・ちょっと残念。 それでも珀英が嬉しそうにしてくれているのが、何だか嬉しくて。 ただ歩いているだけなのに、妙に心が弾んでくる。 そんなことを考えていたら、珀英がちょっと言いにくそうに、口を開いた。 「緋音さん・・・お願いがあるんですけど・・・」 「ん?何だ?」 珀英が足を止めた。 つられてオレも立ち止まり、珀英を振り返った。 まだ歩き始めてちょっとしか経っていない。 オレの顔色を伺うように、顔を伏せて横にいるオレをチラ見する。よっぽど言いにくいのか口を開いては閉じるを繰り返す。 なかなか言い出さない珀英に少し苛(いら)ついたオレは、 「何だよ?早く言え」 思いっきり眉根を寄せて言うと、珀英が覚悟を決めたように、左手を出して大きめの声で言った。 「手を・・・繋ぎたいです!」 「はあ?!・・・そんなの無理・・・」 男同士で手を繋いで歩くなんて・・・ましてや誰かに見られたりしたら、あっと言う間にネットに上げられる・・・。 びっくりして反射的に言うと、珀英は畳み掛けるように懇願(こんがん)してきた。 その真剣な表情と、熱量が大きめな声に少しびっくりする。 「だってここ日本じゃないし!ロンドンだから大丈夫かなって・・・オレずっと、緋音さんと手を繋いで歩いてみたくて・・・」 「え・・・」 「普通の・・・恋人が、すること、したかったんです」 そう言われたらたしかに。 日本ではまともにデートしたこともない。 人目ばっかり気にして、会うのはオレの家か、お互いのライブの時だけ。 家でも外でも、手を繋いだことなんか、今まで一度もない。 黙ってしまったオレを見て、珀英は諦めたように、困ったように無理に笑顔を浮かべた。 視線を伏せて、オレから視線を外らせて、自嘲(じちょう)気味な笑みを口唇に刻む。 「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったんです・・・緋音さんが嫌ならオレは全然・・・大丈夫なんで・・・」 大丈夫じゃないくせに! 全然大丈夫じゃないじゃないか! 犬がしっぽ巻いて! 顔伏せて! 淋しそうに鳴いてるじゃないか! 手を握り締めて引っ込めた珀英を見て、その淋しそうな笑顔を見て、飼い主として願いを叶えてあげられない焦燥感と憐(あわれ)みが溢れてしまって、オレは溜息をついた。 つい・・・っと右手を差し出す。 「嫌だなんて言ってないだろ」 「え・・・?!」 珀英が驚きながらも嬉しそうにオレを見る。 本当に犬・・・あれだけ打ちひしがれていたのに、今はめっちゃしっぽ振って嬉しそうに瞳を輝かせている。 思わず笑ってしまった。 「あと困ってもいない」 「はい!」 珀英は本当に嬉しそうに嬉しそうに、オレの手を本当に本当に、大事そうに、壊れものに触れるように、そっと握る。 ちゃんと指を一本ずつ絡めて、恋人繋ぎをする。 まあ、恋人だからいいけど・・・何だか少し恥ずかしい。 初めて繋いだ珀英の手は、大きくて、骨張ってて、思ったよりも熱くて。 この手が何度も何度も、オレを抱きしめて、身体中を愛撫(あいぶ)して犯しているのだと、実感してしてしまった。 恥ずかしいけど、嬉しくて。 でも同時に哀しくなった。 たったこれだけのことが日本ではできない。 ずっと珀英は我慢していたんだって思ったら、何だか申し訳ないし、嬉しいし、泣きそうだし、感情がめまぐるしく変化する。 お互い無言で、手を繋いだままの状態で歩く。 イギリスは同性婚が認められている国だから、もちろんロンドンにも同性カップルは大勢いる。 だからオレ達がこうして手を繋いでいても変な目で見られることはないけど、でもやっぱり人目が気になってしまい、少し緊張する。 何か話さなきゃと思っていても、手を繋いで歩いていることが新鮮すぎて、意識が珀英の手に集中しすぎて、何も話題が出てこない。 珀英も特に話しをする訳でもなく、ただただ嬉しそうにしながら歩いている。 アホみたいににこにこ笑って、繋いだオレの手の甲を、指先でそっと撫ぜてくる。 初めての感触にぞくぞくした。 ただ手を繋いでいるだけなのに、セックスだって何十回もしてるのに、なのに何だか違くて。 言葉はなくても、繋いだ手を通じて、全部珀英に伝わっていて、珀英からオレに伝わっている感じがした。 手だけじゃなく、心まで繋ぎ止められて、オレの存在全てを括(くく)られた感じだった。 セックスよりもいやらしくて、心の奥深いところまで犯されて、がんじがらめに縛られている感じ。 嫌いじゃない、感覚。 オレは歩く速度を落とす。 空いている左手で、わざとギターを背負い直したりする。珀英はどこまでもオレに合わせて歩く。 スタジオまでもうあまり距離がない。 普通に歩いて15分の距離が、今までは有り難かったけど。 今は、今だけは、もうちょっと遠くても良かったなって思う。 もっと、もっと、この感覚を味わいたい。 もっと珀英を感じたい。 もっとがんじがらめにして欲しい。 常識とか、倫理とか全部覆(くつがえ)して、蹂躙(じゅうりん)して侵して。 オレだけに縋(すが)って、傅(かしず)いて欲しい。 括って。 紮(から)げて。 オレは珀英の手を握る手に、少しだけ力を込めた。

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