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括り紮げる 21
それからはしばらく無言でマッサージを続ける。
凝(こ)り固まっていた筋肉がだいぶ解(ほぐ)れてきて、手が全体的に温まってきた時に、不意に頭の上から女性の声が降ってきた。
「アカネ!もう一回ギターひいて!今のアカネにひいて欲しいのよ!オネガイよ、イマしかないわ、どうしてもトり直して欲しいの!!」
早口でまくしたててくる英語をオレは辛(かろ)うじて聞き取る。
びっくりして顔を上げると、さっき歌を録っていた女性、クロエがいつの間にかオレ達の傍(そば)にきて、瞳をキラキラ輝かせて緋音さんに懇願(こんがん)している。
見事な金髪を綺麗に肩のラインで切りそろえて、碧(あお)くて大きな瞳、高く通った鼻筋、薔薇色の少し厚めの口唇。
スタイルも日本人とは違って、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
文句なしの美人。
100人中99人の男が夢中になるだろう魅力に溢れている。
だけど・・・緋音さんのが美人だしエロいし奇麗だし魅力的だと、めちゃくちゃに犯して体も心も魂も手に入れたいと。
思ってしまうのはオレだけなんだろうな。
「え・・・?何?」
緋音さんがさっきまでの楽しそうな表情を一転させて、顔をひきつらせながら、英語で答える。
クロエは若干(じゃっかん)、怯(おび)えているくらいびっくりしている緋音さんに構わず、ギターを持っている右腕を掴(つか)むと軽く引っ張る。
「早く!!」
「えええええ???」
緋音さんは条件反射で立ち上がると、ギターを持ったままクロエに従って歩く。
オレも条件反射で立ち上がって、緋音さんの後をついて行く。
緋音さんが助けを求めるようにオレをチラチラ振り返っている。
その視線に気づいたクロエが、緋音さんの手を引きながらオレを振り返って、大きな碧い瞳で初めてオレを見た。
「アナタ名前は?」
「あ・・・ハクエイです・・・」
アホみたいに後をついて歩きながら、思わず馬鹿正直に答えると、クロエはにっこりと嫣然(えんぜん)と微笑んだ。
「アカネのハニー(恋人)ね。ワタシはクロエよ」
「えええ?!ハニーって・・・」
緋音さんがびっくりして声を上げてもクロエは、緋音さんを完全に無視してオレに言う。
「アナタも来て」
「あ、はい」
「いや、クロエ、そのハニーってその・・・」
「そんなの見ればワカルし、イマはそんなことドウデモイイのよ」
どうでもいいと、きっぱりと切り捨てられて緋音さんは諦めたのか口を噤(つぐ)んだ。
クロエに押し込まれるように緋音さんがコントールルームへと入ったので、オレも滑り込んで入る。
緋音さんはそのままブースへと押し込まれている。
さすがにそこには入れないし、どこにいればいいのかわからないので、オレは入ってきたドア付近に佇(たたず)んでいた。
緋音さんがブースの中から、奇麗な顔を不機嫌に歪めて、それでもギターを抱(かか)え直して、マイクを通して話す。
「録り直しってどういうこと?」
こっち側にいるクロエが、嬉々(きき)としてテンション高めにマイクを通して言う。
「3番目の曲なんだけど、歌っててナンかチガウって思ってて。で、今のアカネ見ててワカッタんだけどギターに色気が欲しいの」
「はあ?!色気?!」
「そう。セックスしてんじゃないかくらいの色気が欲しい曲なのよ。ハニーが見てる、今のアカネならダイジョウブ。弾いて」
「ええええ?!」
クロエはだいぶ強引な性格なようで、緋音さんがブースの中で混乱しているのを完全に無視して、言いたいことだけ言うと、
「ガイド流すから、弾いて」
それだけ言うとマイクを切ってしまった。
コントールルームにいた他のメンバーやスタッフさんは、クロエの勢いに負けて何も言わずに、目の前の状況に任せている。
ガイドとは、一番最初に曲の全体を全てのパートで仮録りすること。
このガイドに合わせて、それぞれの楽器が本録りをして、その本録りが出来た上がったら歌を入れる。
今までの会話から察するに、どうやらクロエは本録りの緋音さんのギターが気に入らなかったようだ。
まあ・・・こうして楽器隊が何度も録り直すことってよくあるし・・・オレも結構言って取り直してもらうから、わかる。
ガラスの壁に寄りかかりながら、オレは初めて見る緋音さんの録音風景を凝視(ぎょうし)していた。
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