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括り紮げる 34

ターミナル駅だけあって人の往来(おうらい)が激しい。 オレと珀英のすぐ脇を人が通り過ぎていく。 オレは手を離すと、ギターを背負い直したりして淋しさを誤魔化して、珀英に笑いかけた。 「気を付けろよ」 「はい・・・緋音さんも体に気をつけて下さいね。ご飯ちゃんと食べて、ちゃんと寝て下さい。あと・・・」 「あ〜もう、うるさい!わかってるっての!」 こんな所まで来ても珀英は小姑状態で、うるさいけど、オレの心配してくれているのが嬉しくて、でも恥ずかしい。 オレは顔をしかめた状態で、珀英にうるさいというジェスチャーをする。珀英は苦笑した表情で諦めたように笑うと、 「じゃあ・・・いいアルバム出来るの、楽しみにしてますね」 「あ・・ああ・・・待ってて」 「ええ、待ってます。ずっと」 珀英はそう言って、不意に一歩オレに近づくと、避ける間も無く。 そっと、額(ひたい)にキスをする。 暖かい口唇が額に触れて、ゆっくりと離れる。 「早く帰ってきて」 聞き取れないくらいの小さな、小さな声で珀英が、耳元で囁いた。 そして珀英は荷物をつめたキャリーバックを引きながら、何度もオレを振り返っては手を振って、駅に吸い込まれて行った。 オレは軽く手を振りながら、その後ろ姿を、珀英の何度も振り返ってくれる姿を、揺れる金髪を眺めていた。 帰りたい・・・珀英と一緒にいたい・・・このままずっと珀英と一緒にロンドンで暮らしたい・・・。 そんな欲望が頭をもたげている。でもそんなこと言えなくて。 オレには珀英の後ろ姿を見送ることしかできなかった。 * 珀英を見送った後、オレは一人ギターを背負ったままスタジオへの道を歩いていた。 太陽が少しずつ落ちていくのが、少しずつ暗くなっていくのを見ながら感じていた。 同時に少しずつ、淋しさが、切なさが蓄積(ちくせき)されていく。 家族連れや、恋人同士がやたらを目についてしまう。 昨日まで全く気にしなかったのに、今は、珀英が帰ってしまった今は、やたらと目についてしまう。 近代的でもあり、歴史的な街でもあるロンドンを一人歩く。 スタジオが近くなる。 またギターと編集の作業に追われる。 疲れて帰っても、珀英はいない。 珀英は、いない。

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