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第32話 それは優しさか優柔不断か③

「ミカコのほうが大切だから?」  翔多はそんなことを口にした。 「おい、翔多! おまえ今日どうしたんだよ? 変だぞ。そんなことあるわけないだろ!」  浩貴が本気で怒ると、 「分かってるよ、ごめん。ちょっとさ、『私と仕事のどっちが大切なの?』とかいう新妻の真似をしてみただけ。……それにやっぱり寂しいから、ちょっと拗ねてみたかったんだよ」  そう言って翔多は微笑んだ。だが、愛くるしい笑顔はどこか無理をしているようで……。  ミカコのあんな話を聞かされたあとだから、さすがの翔多も能天気ではいられないんだろう。  浩貴はそんなふうに思いながらも、すっきりしないものを感じた。  翔多の屈託はそういうことではないような……。  翔多の寂しげな笑顔のわけは……。  憂いを浮かべた彼の微笑みを見ているうちに、浩貴は突然、翔多が遠くへ行ってしまいそうな恐怖に襲われた。  このまま淡く儚く消えてしまいそうで、浩貴は翔多の腕を少し乱暴につかむと、華奢な体を引き寄せ、強く抱きしめた。 「オレはおまえが一番大切なんだ。翔多……好きだよ……」 「うん……」  されるがままに浩貴の胸に顔をうずめて、翔多は小さくうなずいた。  浩貴が下宿先から帰るとき、翔多が送って行くと言いだした。  夜も遅くなっていて、かえって心配になるからとやんわりと断ったのだが、翔多は聞かない。  しかたなく近くの交差点まで送ってもらうことにした。そこまでなら街灯が多く、道が明るいからだ。 

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