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第33話 彼のセンチメンタル
翔多と自転車を押した浩貴、二人肩を並べて歩く。
時刻は十時過ぎ。まだ家々には明かりが点り、テレビの音や夜更かしの子供たちの笑い声がかすかに聞こえてくる。
しかし、道を歩いている人はなく、二人の影だけが街灯に照らされて浮かび上がっていた。
ほとんど会話を交わさず歩いていたが、不意に翔多がぽつんと呟いた。
「いつもさ」
「うん?」
浩貴は翔多のほうを見る。
街灯に照らされた翔多の横顔は、浮世離れした美しさを誇り、どこか憂いを含んでいる。
「いつも、浩貴と別れるとき、遊びに行ったときでも、二人でホテルに泊まったときでも、最後は別々の家へ帰らなきゃいけないだろ? それが寂しくて」
「翔多……」
「だからオレ、いつも夢見てた。いつか二人、同じ家へ帰れるようになれたらいいなって。そんな日が来ればいいなって、夢見てたんだ」
恋人の小さな呟きが、浩貴の心を不安にさせる。
「どうして……、どうして過去形で言うんだよ? 翔多。そんな顔でそんなふうに言われたら、オレたち……」
――永遠に別れてしまうみたいじゃないか――
その言葉は浩貴にはあまりにも恐ろしすぎて、とても口にすることはできない。
「やだなー、浩貴。ちょっとセンチメンタルになっちゃっただけだよ。そんな顔しない――」
ガシャン、と自転車が倒れる音が翔多の声をかき消し、浩貴は彼を腕の中へつかまえた。
「ちょっと……、浩貴、誰かに見られるよ」
「構わないよ」
そう言って、いっそう強く翔多を抱きしめる。
いつもとは逆だった。男同士でも構わず、あけっぴろげに振る舞うのは、いつも翔多のほうだ。
けれども、この夜は……。
「いつか、同じ家へ帰れるようにしよう。翔多、オレたち二人で暮らそう」
「浩貴……」
「翔多、愛してる……」
「うん……、オレも」
翔多は浩貴の腕の中で顔を上げると、うれしそうに笑った。
それでも、その大きな瞳には少しだけ寂しそうな光が揺れていた。
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