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第73話 王子様のキス

 翌日の日曜日。浩貴は起きると朝食も食べずに、翔多の下宿先へ自転車を走らせた。  途中、商店街のケーキ屋さんで、翔多の好きなイチゴのショートケーキを買う。  下宿先へ着くと、彼の伯母さんが玄関先で花に水をあげていた。 「おはようございます、おばさん」  浩貴はいつもの定位置に自転車をとめさせてもらうと、翔多の伯母さんに挨拶をした。 「あら、浩貴くん、おはよう。翔多、今朝はまだ寝てるのよ。いつもは日曜日でも『おなか空いたー』って、八時までには起きて来るのに」  時刻はもう十時半を回っている。 「いくら日曜日だからって、お寝坊すぎるわよねえ? 悪いけど浩貴くん、翔多を起こしてくれる?」 「はい。じゃ、お邪魔しまーす」  浩貴は家の中へ入ると、なるべく静かに階段を上り、部屋の扉を開けた。  しかし、そんなふうに物音を殺す必要はなかった。  翔多は熟睡真っただ中で、浩貴がベッドの傍に座っても、目を覚ます気配はない。  昨日の行為のせいで疲れてるんだな、と思い、浩貴は少し照れた。  ……まるで眠り姫みたいだな。  ふとそんなことを思い、彼の綺麗な寝顔を見おろす。  翔多の寝顔はもう数えきれないくらい見ているが、たいていは浩貴も一緒にベッドの中にいるので、こういうシチュエーションでの寝顔は、ほとんど見ることはない。  ……いや。そんなに遠くはない過去に、こんなふうに翔多を見おろしていたことがあった。  あのときは――。  翔多が交通事故に遭って、なかなか意識が戻らなかったんだ……。  当時のことを思い出すと、浩貴は今でも重苦しい不安に苛まれる。左手のパジャマの袖からのぞく裂傷の跡が不安を大きくする。  ……眠り姫は王子様のキスで目覚めるんだよな……。

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