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第87話 誘い
「にゃー、いい天気ー。今日は暖かいねー」
翔多が青空に向かい、思いきり伸びをする。
誰にも邪魔されない学校の屋上での昼休み。お弁当を食べ終えた二人は、仲良く並んで日向ぼっこをしていた。
――ところで、たいていの学校は、生徒の屋上への出入りは禁止している。
事故の危険は勿論、中学生、高校生は思春期真っただ中で、脆く危うい心を抱えている。
いつなんどきフェンスを乗り越え、向こう側に行ってしまいたい誘惑に駆られるか分からないからだろう。
浩貴と翔多が通う日向高校の屋上へのドアもいつも鍵がかかっている。
それなのに、なぜ二人がこんなふうに、優雅に屋上で昼休みを過ごしているかというと、翔多が数学のフジワラ先生に呼び出されたときに、偶然屋上の鍵の置き場所を見てしまったからだ。
それからは時々、鍵をこっそりお借りして、二人きりの昼休みを満喫している。
本当はいけないことなのだろうが、そこはそれ、学校ではなかなか二人きりになれないし、浩貴も翔多も脆く危うい気持ちは持っていないということで、ルール違反を許してもらうことにしたのだ。
二人は幸せの只中にいるし、翔多に至っては、もともと全身が幸せでできているのではないかと思うくらい、能天気だ。フェンスを越えて、向こうの世界へ旅立ちたいなんていう考えは、頭の片隅にさえないだろう。
当の翔多が聞いたら、「人のことなにも考えていないアホみたいに言うなよ」と、ちょっと拗ねてしまいそうなことを思いつつ、浩貴は彼のほうを見た。
翔多はぼんやりと遠くのほうへ視線を向けている。
横顔もほんとかわいいな……翔多って。
出来過ぎなほどの綺麗な顔立ち。風が彼の柔らかな髪を揺らしている。
黙っていると、翔多の横顔は憂いを帯びて見える。
「なに、見てんのー? 浩貴ー」
視線を感じた翔多が言葉を発した途端、憂いはきれいさっぱり霧散した。
「浩貴に、そんなにジーッと見られたら……」
「なに? 照れる?」
「ムラムラする」
「は?」
「浩貴のこと襲いたくなっちゃう」
ふざけた中にも色っぽさを含んだ彼の誘いの言葉に、
「いいよ? 襲えよ、翔多……」
浩貴もまた翔多を誘った。
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