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第106話 罠

「家の用事が急に入ったらしいよ。今から電車乗るところだって言ってた」 「そう……」  だとしたらかなり早く起きたんだろうな、浩貴。大変だっただろうなー。 「……あれ? でもなんで今里くん、わざわざうちに来てくれたの? オレも電話で良かったのに」  翔多がそんな疑問を口にすると、今里は少しばつの悪そうな顔を見せた。 「この前の電話のこと謝りたくて。……ほらエッチしようとか、さ。変なこと言っちゃって、ごめんね。オレ、あの時親父の酒こっそり飲んで酔っ払っててさ。嫌な思いさせちゃっただろうから、どうしても直接会って謝りたかったんだ」  そして深々と頭を下げた。 「なーんだ、そんなこと、全然気にしてないよ。っていうかもう忘れてたよ、そんな電話あったこと」 「良かった、安心したよ。……じゃ、今からホテルのラウンジへ一緒に行こうか」  今里はそう言うと、翔多を促すようにして歩きだす。  翔多は少し慌てて今里へ言葉を返した。 「ちょっと待ってて。上着と財布持ってくるから」 「急いでね」  なぜかやたらと急かす今里の声を背に、翔多は急いで二階の自分の部屋へ向かう。  クローゼットから適当な上着を選び、財布の中身を確かめて上着のポケットに入れる。  携帯電話を手に取ったとき、ふと浩貴へ電話をかけようか、と思ったが、『今から電車に乗るところだって言ってた』という今里の言葉を思いだし、やっぱりやめておいた。  ……どっちにしてもラウンジで会えるんだしね。  携帯をジーンズのポケットに入れて部屋を出ようとしたとき、翔多は突然、得体のしれない不安に襲われた。  ……?  一瞬、翔多の動きがとまる。 「翔多ー、あまりお友達を待たせちゃダメよー」  しかし、その漠然とした不安は、伯母さんの声によって、翔多の意識から弾き出された。

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