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第112話 大切だから②

 一度溢れだした涙はなかなかとまらなかった。  浩貴は翔多をあやすように抱きしめてくれ、そのままゆっくりと口づけをした。  最初は触れるだけのキス、それからついばむように、噛みつくように。  やがて翔多の唇が開かれるのを待っていたかのように、彼の舌が入ってきた。  いくらひと気がない路地だとはいえ、まだ昼前だ。誰もやって来ないとは言い切れない。  でも翔多も浩貴もそんなことはどうでもよかった。  二人はお互いの存在の大切さを確かめ合うように、長い口づけを交わし続けた。 「今朝、目を覚ましたとき、なんか嫌な胸騒ぎがしてさ」  肩を並べて大通りをゆっくりと歩きながら、浩貴は話し始めた。すれ違う女の子たちが浩貴と翔多のほうをちらちら見てはキャーと小さな声をあげていく。  そんな女の子たちを気にも留めずに、浩貴は話を続けた。 「おまえになにかあったんじゃないかって思って、とにかく携帯に電話をしたんだよ。そしたら、今電源が切られている云々のメッセージが流れて」 「それは今里くんに、あのホテルのラウンジは携帯が禁止だから、電源を切るように言われたから……」 「そんなのは今里の嘘だよ。よく周りを見ていたら、携帯を使っている人、いたはずだと思う。……初対面のとき、おまえが携帯とかに疎いって言っていたのを覚えてて、利用されたんだ」 「……うー」  翔多は思わずうなってしまった。確かに自分は鈍いし、不注意すぎた。けれど今里がそこまで計算ずくで翔多を騙していたなんて、悲しすぎる。 「……で、急いで、おまえの下宿先に電話をかけたんだよ。そしたらおばさんが出て、『翔多なら今里くんっていう子と出かけたわよ』って言われて。もう心臓が止まるかと思ったよ。おばさんが、おまえたちの行くホテルの名前を憶えててくれて、本当に救われた……」  浩貴が翔多を見つめ、安堵の息をつく。

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