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第168話 彼の不満顔②

「なに? 翔多くんは数学の成績が悪いのかい?」  医師が愉快そうに問いかけてくる。 「はい。もうどん底のどん底です」  浩貴がすかさずそう答えると、翔多はぷうっと頬を膨らませ、強く抗議する。 「そこまでは悪くないよ。どん底よりは一センチくらいは上だよ」 「たいして変わらないじゃん」  浩貴が笑うと、 「確かに」  医師も同意する。  翔多は更にふくれていたが、やはり疲れていたのだろう。ウトウトし始めたかと思うと、すぐに眠ってしまった。 「ではお大事に」  翔多が寝付いたのを見て、医師は病室から出て行った。  浩貴は少しのあいだ翔多の寝顔を見つめていたが、不意に強い不安が込み上げてきた。  病室から出ると、廊下を曲がろうとしていた医師を呼び止める。 「先生、あの、翔多、あのまま……眠ったまま、目を覚まさないなんてことないですよね?」 「え? なんだい? いきなり」  浩貴にすがるように問いかけられて、医師は戸惑い顔である。 「……あ、すいません。実はあいつ、以前交通事故に遭ったとき、十日以上も目を覚まさなかったんです。ケガは順調によくなっていくのに。病院でも原因が分からなくて。だから、もし今度もそんなふうになってしまったらって思うと、オレ不安で……」  あのときのことは浩貴にとって、かなり深い心の傷となって残っている。  医師は浩貴の不安を察してくれた。 「大丈夫。そんなことはないよ。明日の朝にはあの大きな瞳をぱっちりと開けて、元気になるから」  ニッコリ笑ってそう言うと、浩貴の肩をポンと軽くたたいて歩いていった。  浩貴はようやく安心することができ、翔多が眠る病室へ戻った。

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