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第169話 事情聴取
面会時間が終わるギリギリ前に、警官がやって来た。
人なし沼で、最初に自転車に乗って駆け付けてくれた人である。
翔多が眠っているのを見ると、浩貴だけでいいから話を聞きたいと言う。
病室の前の廊下に置かれた長椅子に座って、生まれて初めての事情聴取を受ける。
緊張して臨んだのだが、あっけないくらい簡単に事情聴取は済んだ。
「あの、目撃者っていったい誰なんですか?」
見るからに人の良さそうな警官に、浩貴はずっと不思議に思っていたことを聞いてみた。
あの、人なし沼での騒ぎを、いったい誰がどこで見ていたというのだろうか?
浩貴の質問に、警官は苦笑しながら答えた。
「あの広場には一つアパートがあるだろ。ほとんど廃屋化しているけど。実はあのアパート、一部屋だけ人が住んでるんだよ。あのアパートの持ち主の男性なんだけどね」
「え……」
うそ。あの廃屋アパート、人が住んでいたのかよ?
その事実には少々驚いてしまった。
「窓から見ていたらしいよ。はじめのうちは、ガキのケンカかと傍観してたらしいけど、翔多くんが飛び出して、頭を殴打されたあたりから、さすがにまずいと思って救急と警察に電話をくれたわけ。……で、とりあえず近くを警邏中だった僕が行ってみたんだよ」
「……そうだったんですか……」
なんにせよ、あの廃屋アパートに住んでいる人のおかげで助かったわけだ。
落ち着いたら、菓子折りでも持って、お礼に行かなきゃ。
「さて、と。こんなもんかな。それじゃ翔多くんにも、後日、話を聞きに行くからって伝えておいて。じゃ、浩貴くん、もうケンカなんかしちゃだめだよ」
話を切り上げようとする警官に浩貴は言った。
「あの、おまわりさん」
「なんだい?」
「その、翔多が谷川に襲われかかったということは、彼には言わないで欲しいんです」
……浩貴は学校の屋上で谷川に脅された日から、今日に至るまでの経緯を正直に翔多に話すことに決めた。でないと、翔多は納得しないだろうから。
でも、もう少しで谷川に襲われるところだったなんてことまでは知らなくていい。
浩貴ももう思い出したくもなかったし。
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