7 / 12
第7話
朝、いつも通り起きる。だが、いつも通りじゃないことが一つあった。
「…、くぅ…」
腰が痛い。痛くて重々しいのだ。俺は上半身だけを起こし、腰をさすりながら、昨日何かしたのかと考えを巡らせる。答えは、すぐそこに寝ていた見知らぬ顔だった。
「おはよう、悠太郎。」
「うおっ!?」
誠司は何食わぬ顔で当然かのように俺と添い寝をしていた。誠司は大きなあくびを一つすると、俺にべったりとくっついてきた。
「ね~今日、日曜日でしょ~?デートしようよ~、悠太郎!」
俺はしばらく呆れていたのだが、不意に昨日の出来事を思い出してしまった。
昨日、俺は、何で、コイツに、自分からキスなんか──っ!
「うわぁぁああ!!」
思い出すと、改めて俺がしでかしたことに吐き気を覚えた。いやいや、いくら状況が状況だったとはいえ、自分からするのは有り得ない。
誠司はいきなり叫んだ俺に対しても、優しく冷静に対応した。
「キスしよう、悠太郎♡」
誠司が上半身を起こし、俺の顔に近づいてくる。俺はギリギリのところで誠司の肩をつかみ、俺から引き剥がす。
「ま、待て!お前は昨日のことについて何とも思わないのか!?」
「ん?幸せだったけど?」
「だーからっ、見ず知らずの男とセックスした後、よく顔を合わせて恥ずかしがらないな!」
そう言うと、誠司は一瞬無表情になって、肩をビクッと震わせた。あ、俺、地雷を踏んだかんじか…?
そんな俺の心配とは裏腹に、誠司はすぐにニコニコとした顔に戻った。そして首を左右に傾けながら、んー?などと言う。
「そんなことより、デート行こう、デート!」
誠司は子供みたいに足をバタつかせ、駄々をこねる。俺はひとつため息をつくと、誠司に言った。
「ダメだ。今日も会社に行かないとだからな」
「え?会社?日曜日なのに?」
「あぁ、なんつーか…その、休日に出勤したら、休日手当てが出るんだよ」
誠司は一瞬呆気に取られていたようだった。それもそのはず、俺の会社はいわゆるホワイトではない。休日手当てが残業手当てよりも高いという、恐ろしい会社なのだ。
「え、日曜日なのに出勤するとか有り得ないよ」
「…誠司はバーのマスターだろ?行かなくて良いのか?」
「僕は大丈夫だよ。別に、バーテンダーなんて沢山いるでしょ?僕が有給を取っても、マスターは代わりにいるよ」
「あ、そうなのか?」
…ちょっとだけ、羨ましいと思ってしまう。だって、バーテンダーって、なんか…毎日毎日昼夜逆転してるだろうとばかり思っていた。
まぁ、そりゃあ毎日働きっぱなしだと日の光も浴びれないよな。確かに誠司の言う通りだ。
だが、俺は違う。俺はいつか貰うことになる奥さんと子供を養うために、今からでも金を貯めておかないといけないんだ…!
「会社に行く」
意地でもそう言う俺に、誠司はニコニコと笑いかける。そして誠司は誠司の鞄からおもむろに腕時計を取り出すと、俺に見せつけた。
時計は…ちょうど午前9時を差していた。
「は…は!?」
俺は誠司から誠司の腕時計を取り上げて、目を近づけて見る。まずい、まずい。あの社長のことだ。たとえ休日出勤をしたとしても、遅ければ意味がないと怒るだろう。
社長の怒る時間はとてつもなく長くて、面倒である。それだけは避けたい。
「あぁ…休むわ、俺…。」
頭を抱えながら決心すると、誠司は嬉しそうに笑いながら言った。
「やったぁ!今日はデート三昧ね!」
「はい、はい…。」
年下を宥めるようにして接する俺に対して、誠司は目を輝かせながら飛び跳ねた。
「僕、着替えてくる!悠太郎も早く着替えてね!」
飛び回って部屋から出て行く誠司が、どことなく眩しい。俺からすれば、誠司と目も合わせられないというのに…。
誠司が部屋から出ようとしたとき、ふと、誠司が呟いた。その言葉は誠司らしくない、悲しい響きをしていた。
「――――――あと2日――――。」
誠司の背中はどことなく悲しそうに落ち込んでいた。
ともだちにシェアしよう!