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第8話

「悠太郎、美味しい?」 「はぁ、まぁ…美味いぞ。」  遠くの席に座っている女性らが、小さな声でこちらを見ながら会話している。店員ももちろん、そのカフェにいる全員がこちらを見ていた。 「なぁ…誠司。」 「んー?」  誠司はボケッとした顔で聞き返す。俺は恥ずかしさのあまり逃げ出したい思いだったが、人の目があると自身に言い聞かせ、堪える。 「どうして女性にオススメのカフェに入ってるんだ?」 「え、だって…」  誠司はニコニコしながら答えた。 「悠太郎は僕のレディーでしょ?」  遠くから、キャー、という歓声があがった。…まて、意味が良く分からん。最初、ここの女性客はイケメンである誠司に反応しているのだと思っていた。  だが違うみたいで、誠司がイケメン台詞を言う度に歓声があがっているのが伝わった。それが、俺の恥を濃くした。 「あのなぁ…こんな俺の、どこが…」 「シーっ…」  誠司が身を乗り出し、俺の唇に優しく人差し指を当てる。 「んぐっ…」  外でもこういう事をするヤツなのか!?と思って、硬直してしまった。女性らは目を輝かせながら見守っている。…あぁ、気恥ずかしい。 「だーめ、ネガティブになっちゃったら。…僕がここに来た理由はね、」  誠司はいじらしそうに笑った。 「他の男に奪われたくないから、ここに来たんだよ。」 「んなっ!」  俺は耳まで熱くなるのが分かった。それと同時に、女性らが更なる興奮の域に達したことも伝わった。  機嫌が良さそうな誠司とは裏腹に、俺はとてつもなく疲れきってしまっていた。誠司は俺の手をつなぎながら歩こうとしたが、さすがにそれだけは断った。 「はぁ~…。」  これだと、まだ社長に怒られっぱなしの方がマシだったかもしれない。俺は頭を抱えながら歩く。 「ふふ、温泉でも行く?」 「嫌な予感しかしないからパス」  誠司は楽しそうに笑いながら歩く。俺は誠司の隣を自分のペースで歩いていた。  俺はあることに気づいた。誠司は誠司のペース、俺は俺のペースで歩いているはずなのに、どちらかが先を歩くことはないのだ。…もしかして。 「誠司、お前、俺に歩数を合わせてるのか?」  誠司はにこやかに俺の方を見て、深く頷いた。俺は何か気恥ずかしくなる。 「別に、俺にペースを合わせなくたって良いんだぞ?」 「やだ」 「やだ、とは何だ。」  こうして見ると、誠司はまだまだ子供のように見えてくる。年がいくつかは分からないが、どうしても年下だと思うと可愛がりたくなるな。 「なぁ、誠司。お前って年いくつ?」 「…んー…。」  誠司は口ごもりながら答えない。曖昧に頷きながら話をごまかそうとしてくる。俺は聞くべきか聞くべきでないか、迷っていた。  俺が発言を取り消そうか、取り消さないか迷っていたところ、ようやく誠司は口を開けた。 「――――27才。」 「へ?27?んじゃあ、俺の3才下か。」  …ん?待て。3才下で、誠司って名前のヤツ。聞いたことがあるような、ないような…。 「…あ、思い出した。」  誠司は緊張しているのか、あるいは恐れているのか、強ばったまま余裕がない。 「お前、最近有名な若手芸能人の、水沢誠司じゃないのか?確か、年が27とかなんとかで…。」  俺の言葉を聞くなり、誠司は大きなため息をはいて、大きく安堵した様子で言った。 「人違いだよ、悠太郎。その人は29才だ。」  誠司は安心したように肩を落として歩き出した。…さっきは、俺も違うと確信しながら適当に言って見せた。何故かは分からないけれど、俺がそのことを気づけば何かが終わってしまうような気がしたのだ。  俺はこの話題は静かに終わらせた。それと同時に、密かに誠司のことについて考えを巡らせていた。

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