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第9話
(誠司目線)
いた。彼はそこに居たんだ。僕が人生をかけてまで追い求めた人が、僕がたまたまバイトで働いていたバーに来たんだ。僕が気が付いた頃には、もう泥酔しきっていて、チャンスは今しかないと思った。
彼と話しているうちに、彼は失恋した悲しみを背負っていることを知った。きっと彼のことだろう、自分では気づかないほどの傷を心に負っているはずだ。
僕はそんな彼が可哀想だと思って、思わず言ってしまった。「僕が夜のお相手になってあげようか」、って。僕は慌てて自分の口を閉じたのだが、彼はそれすらも本気に受け止めて、「はは、それも良いかもな。」って言った。
僕が彼のことを親愛の目で見つめていると、急に他の客である男が、彼の隣の席に座ってきた。
「よぉ、兄ちゃん。イイ顔してんねぇ。彼氏とか居るのか?」
恰幅の良い、小汚いオジサンだった。神聖な彼に話しかけるな、と思ったのだが、彼はそんな男に反応した。
「ひっく…まぁ、確かに…一度でいいから、相手が男でも付き合いたいな。」
僕は喉がはちきれそうになっていた。僕は客に反発する。
「お客様、店内でのナンパは禁止されています。」
「おぉ、マスター、それは同意のあるナンパすらもダメなのかい」
「なっ…!」
そんなはずがないと思っていたのだが、そうでもなさそうな彼の顔を見ると、心がはじけそうだった。ダメだ、今になって全部を手放していられるものか…!
俺が考えている間にも、客は彼をどんどん口説き落としていく。そういえば、店長が言っていたっけ。「ここは激しめのゲイバーだから、一般の方は退会させてやれよ」、と。
僕の頭に血が上っていくのが分かった。彼のことだから、きっとここがゲイバーだなんて疑いもしなかったのだろう。確かに看板はない。バーの経験がないから迷い込んだのであろう。
「なぁ、兄ちゃん。名前は?」
「ふぁ…悠太郎ってんだ。お前さんは?」
「ふふ、俺はなぁ、まぁ…晴久 って呼んでくれ。」
「晴久、ね…りょーかい」
彼は重たい上半身を持ち上げる。客が彼の肩を支えて持つ。触るな。彼に触るな、ケダモノが。
そんな僕の望みは叶わず、客は偶然を装いながら、彼の頬に口付けを仕掛けた。
「――――っ!悠太郎…っ、」
思わず声が漏れる。離せと言って、今すぐにでも客に殴りかかりたい。けれど客相手にそんなことは許されない。黙って見ていろっていうのか…?
「へあ…?はは、晴久さん…だいぶ酔ってんねぇ…」
「酔ってるのはアンタだよ、悠太郎さん。マスター、こんだけあれば黙っておいてくれるよな?」
そう言って、客はカウンターに大金をのせる。そして僕の反応も待たずに、彼を抱きかかえながら店から出ようとしていた。
悠太郎、早く抵抗しろ――――!…そんな気持ちは伝わらないまま、彼はうとうとしながら小舟をこいでいる。多分、飲みすぎて意識がないのだろう。
僕は耐えきれなくなって、とんでもないことを口にしてしまった。
「僕もついて行って良いですか、お客様。」
そう言うと客は、にやりと笑った。
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