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第3話 世話なんて無理

 渡されたのは契約書。内容は秘密保持についてだ。  「俺が王子の世話!?正気!?」  思わず大声をあげると、スフィリオとレイラウド、執事から視線を浴びてしまって少し声が小さくなる。  いやしかし、誰かの世話なんて人選ミス過ぎる。  「おじさん、俺が出来ると思う?世話?マジで言ってんの?」  「うん、リーなら出来るよ」  「いやいや、無理でしょ、普通に考えて。無理無理」    全力で首を横に振るが、レイラウドは目を逸らさない。こちらをじっとみつめる視線がどうにも落ち着かず目を逸らす。世話なんてできるわけが無い。やりたくはないが、強い視線から逃れたくて、思わず内容を聞いてしまう。  「シルフィ様は、もう五歳になんだが、まだ一言も言葉をお話にならない。彼は、酷く心を閉ざしていて、私たちも頑張ってはみたんだが、どうにも信用を得られなくて」  話したくない気持ちが分かるからこそ思う。そもそも話しかけてくることすら、その王子は拒んでるんじゃないか。人間怖いし。リーフが同じ立場なら、世話すら要らないと吐き捨てるだろう。  その王子が何を考えているのかは知らないが、五歳まで話さないなんて相当だ。なんだかとてつもない面倒事というか、地雷案件な気がする。  「王子の呪いについて、聞いたことはないか?」  どこか聞き覚えのあるフレーズだと思った瞬間、「あ」と、声を漏らす。郵便配達のおじさんが言っていたことを思い出したからだ。  ーーどうにも、呪いのせいかそれはたいそう醜くなっているらしい。呪いで身体中黒くなっているらしいし、怖いよなぁ。あまりにも酷いから、国王様や王妃様にも見放されているらしいぞ。扱いが酷いせいか、使用人にも冷たくあしらわれているとか。  「あまりこういった話を好まないだろうから知らないだろうと思っていたけど、流石に噂になっていたみたいだね」  「昨日知った」  「・・・・・・それはまた、随分過保護だね」  子爵家の両親は、それはもうリーフを可愛がった。会うのが月に一回になっても、人間不信のリーフでも分かるぐらい愛情を注がれていた。一人息子であることと、毒で一度生死をさまよっていることもあって余程心配なんだろう。何処へ行くにしても護衛だの、魔法対策だの、花よ蝶よとそれはもう大切に育てられた。  これだけ言えば、今回の一週間の一人旅がどれほど異常なことかお分かり頂けただろうか?それほどまでに、リーフは駄々を捏ねたのである。  そしてそんな両親から、事件や下品な話、少しでも害になると思われる情報は全てシャットアウトされた。子爵家でも引きこもり生活を送っていたから、元々そこまで情報も入ってこなかったが、見事に綺麗な話しか話題に上がらない。  この世界は犯罪もなく、欲も無く、怠惰や傲慢さもない、負の感情のない世界だと本気で信じていた。リーフだけが異世界から来たからこんなに汚れていると思ったぐらいである。  まぁ、結局そんなことはなく、この世界の人は普通に怒るし、悲しいこともある。嫌な奴もいれば、奴隷なんて存在もある。それに涼としての記憶があるから、今更隠されようがもういろいろと手遅れなのである。  「それで?俺に出来ることって何?世話?無理だよ、触りたくない。というかこんな奴に世話されるその王子も可哀想」  「やっぱり、リーは優しいね」  「は?なにが?」  「引き受けてくれる気だろう?」  リーフの頭上にクエスチョンマークが幾つも浮かぶ。  「僕には分かるよ。嫌だと言ってもリーは人のために頑張ってくれる。人見知りは激しいかもしれないけど、リーならきっとできるから」    レイラウドがリーフのことをただの人見知りであると認識している事に愕然とする。  リーフが言葉を発せないでいると、レイラウドはニコニコと笑う。  「呪いについては聞かないのかい?」    呪い、呪いか。  リーフはホラーに対して特に抵抗を持っていない。幽霊や妖怪はフィクションであると認識しているのもある。つまり、呪いについてとても楽観的だった。  気持ち悪いものや怖いものなら、他の人が出来なくてもリーフには出来るかもしれない。それでも、小さい方が精神安定上有難い。  「小さくて可愛い?」  「まぁ、そうだな。普通と比べたらとても小さいかもしれない。可愛いと思うかは人それぞれだが、僕は可愛いと思う」  「ふーん、いいじゃん」  “可愛いと思うかは人それぞれ”ということは、可愛くないんだろう。そして、普通より小さい。さらに呪いあり。そこに関してはリーフにとって特に問題はなかった。しかし、引き受けるかどうかはまた別の話だ。呪いを持つ小さくて可愛くないなにかはどれだけ人に似ているのだろう。そして一番の問題は、世話をする中で他の人間に接触することだ。  「王子ってどんな見た目?あと、世話以外で人に会うことはなしにして欲しい。死ぬから」  割と真剣に話した。ほんとに死ぬから。  「見た目は黒い召喚獣のような感じだね。リーフの人見知りについては対策しているから心配しないで」    召喚獣はこの世界で醜いといわれ迫害されている生き物だ。人間には程遠い姿形をしている。  「他に聞くことは無いの?リー。普通は、その、嫌がるものだろう?呪いなんて、とても不気味だろう。ましては、君はレディだ。しかも、リーはそんな世界とは無縁な場所で生きている」  「レディじゃねぇわ!」  いつもならスルーする言葉だが思わず言い返してしまった。ちなみにリーフはこの世界でもちゃんと男だ。オメガ性では無い。アルファ性である。だからこそ余計に、なぜレディと呼ばれるのかが不思議だった。  確かにリーフは温室育ちの令息だ。しかし、別にレディでもないし、心まで温室育ちではない。涼としての人生がある。グロかろうが、血塗れであろうが平気だ。  「リーには色々魔道具を持たせようと思っている。できるだけ快適に過ごせるように配慮するつもりだよ。リオが頑張ってくれたんだ。気配遮断とかの隠蔽魔法や、攻撃魔法もある。他にも必要なら、リオに行ってくれれば作ってくれるだろう」  ここに来るまでに気配遮断の魔法を使っていたことを思い出す。あればよかった。人からの視線が全くなかった。リーフはあれがあるなら、と安心した。  ちなみに、“リオ”はスフィリオのことだ。リオと呼ぶのはレイラウドしかいない。独占欲が強く、スフィリオをリオと呼ぶものなら、レイラウドに厳粛される。この国に、宰相と呼ばれる国の脳に牙を立てる者はいない。  「助かる。あとは、王子の呪い以外に問題は?」  「うーん。まあ、人よりその、少し人見知りが激しくて、たまに怒ってしまう時もあるんだが、死人は出ていないぞ?人見知りなところは君にそっくりだ」  歯切れの悪いレイラウドに不安が募る。怒る時に死人が出ないという言い方はちょっと、いや、かなり不安でしかない。死なない程度に痛めつけられるという認識で良いだろうか。・・・・・・本当に、小さいんだろうか。  「・・・・・・なんか急に帰りたくなってきた」  いや、ずっと帰りたいと思ってたわ。  「やってくれるんだね、助かるよ」  そういって契約書にサインするように求められる。リーフは戸惑う。  (あっ、世話係確定なんだ。俺、別にやるなんて言ってないんだけど)  この時点で察した。いや、別にやってもいいとは思っていたが、呪い以外に訳ありっぽい王子の話を聞いて、やっぱりやめようかという気持ちも少なからず出てきたんだが。  何だこの俺がやらなきゃいけないムーブは。  「見たら直ぐに第3王子だと気づくだろう。その時に、悲鳴をあげないでやってほしい。怯えないで欲しい。シルフィ様が傷ついてしまうからね。あと、ご飯を食べないから一緒に食べてやってほしい。リーはとても思いやりのある優しい子だ。昔から君は、人の心に入るのがとても上手だ」  「おじさん、それ誰のこと言ってんの?」  「ハハッ、いいんだよ、本当にこれは本心なんだ」  えっ、何がいいんだ?と、困惑するリーフに関わらず、レイラウドは続ける。  「大丈夫だよ、リー。リーならできるから、大丈夫」  「ん?決まった感じ?やっぱ俺がお世話係確定な感じ?」  「そういえば、リーの魔法が使えないことはご存知だから心配さなくていい。返事は貰えなかったが、理解されてはいるようだった。いつもは私がお世話をしていたんだが、どうにも最近仕事が多くてね、それなら、と思って君を呼んだんだ」  「まって、まって。もう王子に次のお世話係が俺って言ってんの?その時、絶対俺の許可出てないよね?いや今も出してないんだけどさ」  「みんな、怖がってね。彼の母親も父親も、自分に呪いが移るんじゃないかって近づかない。使用人も、そんな姿を見て呪いが移ると思っているらしい。王子にもそんな態度は伝わっていると思う。彼らに当たりが強いんだ」  「話聞いてる?」    苦々しそうに話すレイラウドから、リーフは目を離す。  もうダメだ。終わりだ。俺は世話係決定だ。  リーフはあまり口が上手い方ではない。話し相手もいないから、強く言われると断れない。あまり話したくもないからすぐ話を終わらせようと努力する。それが例え、嫌な内容をさせられる羽目になってもだ。実は、前にもこのようなやり取りをしている。相手も同じくレイラウドだ。  あの時は、レイラウドが幼いリーフに油断していたから大事にならずに済んだ。レイラウドはスフィリオに似たリーフを溺愛し、養子にとろうとしたのだ。レイラウドの方がリーフの両親よりリーフを愛しているから、自分が育てた方がいいという無茶苦茶な理論で。企みは失敗したが、リーフはそれ以来警戒している。  「呪いって移んの?」  「いや、移らないよ」  急に会話が通じるようになったレイラウドに白けた視線を送るが、気づかないふりをされる。  「呪いというのは、そんな簡単なものじゃない。1人を呪うだけでも、何人もの犠牲が必要なんだ。そんなに簡単に呪えるなら、とても大変なことになっているよ」  「ああ、呪いにはレベルがあるんだよな、それが強いって聞いた」  「珍しいな、呪いのレベルのことを知っていたのか。リーは魔法はすごいということしか知らないと思っていたよ」  「バカにしてんの?」  呪いにレベルがあることを知ったのは昨日だが、リーフは言わない。  「ごめんごめん。そうだね、魔法にはレベルが11まであるんだ。ただ、元々10までしか無かった。彼にかけられた呪いがこの国で初めて出現したレベル11なんだ」  大きくため息をついたレイラウドが、片手で顔を覆う。  「解呪しようにも、レベル11が必要なんだが解呪法がないんだ。そもそも我々は、レベル10以降の魔法は存在しないものだと勝手に決めつけていた。そもそも数字なんて我々が作り出した概念に過ぎない。研究もすごく遅れている。正直、他の国の技術力より劣っているんじゃないかとすごく不安だ」  「仕事が多くなったのはその影響で?」  「ああ、他の国の技術力や、研究に対しての予算作りやら、国家予算からどれだけ出せるのだとか。あとは派閥争いの問題も起き始めて、私は中立の立場なんだが巻き込まれないように対策を練っているところだ」  聞いているだけで大変そうだ。だがしかし、俺を王城に呼びつけ、世話係を押し付けた罪は重い。第三王子の呪いが自分の想像とは違い人間味が強かったり、殺されそうになったら躊躇いなく森に帰ろう。  そんなことを考えているリーフは、笑顔で尋ねる。  「じゃあ早速今日から俺は働くよ。どこ行けばいい?」  「あ、レディ、待って。この呪いの話は秘密なんだ。一応ここに名前書いてもらえる?」  初めに渡された契約書だ。怪しい。物凄く怪しい。レイラウドは、後出しが得意だし、契約はいつも自分が有利になるように進めている。要はだましうちのようなものが多い。  リーフは何度も契約書の中身を確認する。特に秘密保持のこと以外書かれていない。しかし、レイラウドの事だ。なにかカラクリがあるに違いない。  「おばさん、これ火で炙って」  「・・・・・・火?」  スフィリオはレイラウドの方を一瞬見る。レイラウドはにっこりと微笑んで頷いた。  スフィリオはロマンスグレーの男にマッチを持ってこさせる。火魔法が使えない人が使うもので、魔道具ではない。魔道具の方が便利だが、お金のない平民はよく使う。リーフはもちろん魔道具を使っているが。  珍しく見たマッチに釘付けになっていると、マッチを持ってきた男は慣れた手つきで火をつける。そのまま小さな棒をスフィリオに渡した。炙り方がよく分からないのか、契約書が燃えないように適当に手を動かして いる。  レイラウドは基本スフィリオに隠し事はしない。隠し事をする時は決まってスフィリオに被害が及ぶ時のみだ。今回の件は間違いなくスフィリオは知っている。スフィリオが推薦したのだから。だからこそ、この何も知らなさそうな様子を見て、これ以上仕掛けがないと判断する。  リーフはスフィリオから契約書を受け取り、サインした。名前を書いた瞬間、契約書が手の上から離れる。レイラウドは契約者に書かれたリーフのサインをなぞり、恍惚とした表情を浮かべる。  「契約書に書かれた内容は守らなければならない。破った場合は契約書に記載されている罰を受けなければならない」  罰という言葉に一瞬過去の鞭打ちを思い出すが、はたと気づく。  「罰なんて書かれてなかったけど?」  笑いが抑えられないとでも言いたいのか、満面の笑みでレイラウドは指先を契約書に乗せ、空白の部分をなぞっていく。なぞった部分から、赤と金が混ざり、砂金のような小さな金の光の文字が出てくる。  「・・・・・・ッ!それは、今書いてんじゃん!無効だろ!」  現れた文字は、秘密保持のことでは無い。他にも9つの項目が書かれていた。何となく嫌な予感が止まらない。どのようなことが書かれていたのか確認するのが怖く、何が罰則なのかも見れなかった。  「リー。君は昔からとても賢い子だ。でも、魔法のことはあまり知らないよね」  レイラウドとは違い、スフィリオは少し驚いた顔でリーフを見つめていた。  「リー、ほんとに知らなかったのか?契約書を見る時は必ず魔力を通す。そこからがまず第一段階だぞ。小さな子供でも知っている」  仕事や教育、遊びなど、何事も契約を結ぶことから始まる。リーフはそもそも契約したことが無い。外にも行かないし、教育機関も通わない。仕事なんてしなくても勝手にお金が入る。  「この文字は今書いたんじゃない。魔力を通したんだ。元々書いてあった文字が浮かび上がっただけだよ。魔法を使わずに火で炙っても何も言わなかったし、ほんとに知らないんだね」  大きくレイラウドはため息をつく。  「半信半疑だったんだ。こんなことで成功してしまうなら、君は今頃僕の可愛いレディなのに」  レイラウドは過去にリーフを養子にする事に失敗している。あの時、契約書にサインをさせておけば、と後悔してもしきれない。きっと今日のことで、二度と契約書にサインをしてくれないだろう。レイラウドはこんな子供騙しが賢いリーフに効果的だと本気で信じていなかった。今日の第三王子の世話だって、契約書通りに進めることはハナから無理だと思っていたのだ。妥協点を飲ませるために、契約書の中身は少しリーフにとってハードルの高いものになっているぐらいだ。  レイラウドは心底リーフが好きだった。欲しくて堪らない。もちろんスフィリオを一番に愛している。しかし、リーフのことはまた別なのだ。  「おじさんなんか、嫌いだッ」  騙されたショックでレイラウドに強い殺意が湧く。  いつもは自分に優しいのに。今だって、そんなに優しい目で見てくるのに。この仕打ちは酷い。  レイラウドもリーフに嫌いと言われたことにショックを受けつつ、執事にリーフを案内させるように命じる。リーフもそれ以上は何も言わず悔しげにその場から立ち去る。  去り際にスフィリオには謝られたが、しばらく許す気はない。  イライラが止まらないリーフだったが、契約書の中身は絶対だ。それはリーフでも知っていた。契約を破れば罰がある。契約は、秘密保持以外に何だったんだろう。分からないからこそ、怖い。    いつまで考えていても仕方がないとリーフは切り替える。  かなり距離を空けながら執事の後ろを歩いていると、彼はこちらを見ずに小さな声で話す。  「もうすぐお部屋に着きます。部屋の中は少し汚いかもしれませんが、リーフ様は掃除などの経験はありますでしょうか?あと、子供と遊んだりなど」  反抗するかのように、返事に長い間を置く。  子供なんて、無理に決まっている。    「・・・・・・ああ、俺の得意分野だ」  リーフの両親がいたなら、感動していたに違いないだろう嘘を堂々と吐く。  ここで得意じゃないと言えば、目の前のこの男が、「じゃあ手伝います」と言いそうな雰囲気だったからだ。実際にはそのような雰囲気はなかったのだが、人間不信が故に、人に対して過敏だった。  「掃除用具を部屋の前に置いておきますので、それをお使いくださいね」  そうして目の前にやってきた巨大な扉の前で、執事は一礼して去っていった。中まで案内してくれるわけじゃないらしい。リーフは息を大きく吸い、嫌々ながらも扉に向かってノックを鳴らした。    

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