7 / 12
第7話 目覚めが最悪
ゆらゆらと、体が揺れている。
王城に来るまでに乗った馬車のように体が動く。周囲を見渡すと、白い服を着た男たちが、格好の獲物を見つけたと言わんばかりに目を細め、こちらを伺っている。リーフはそれを小さくて頼りない白い箱の中から見ていた。震えが止まらず、こちらに来ないで欲しいと叫びたいのに声が出ない。
体が揺れている。
白い箱の中は頼りなくて、何も無い。リーフの隣にも、誰もいない。一人ぼっちだ。逃げる場所はなかった。馬車の中にいる時のような閉塞感があるだけ。少し、胸の奥から気持ち悪さが込上げる。
逃げたい。この白い箱から出て、あの視線から逃れたい。でも、この白い箱には出口がない。白ばかりで、頭がおかしくなる。どこを向いても、真っ白。窓もない。扉もない。なのに、何故か、外から男がいっぱいいるのが見える。おかしい。でも、ホントにいる。
怖い。誰か。助けて欲しい。
頭を抱え、自分を守るように両手で反対の腕を掴むと、真ん中が少し暖かい気がする。リーフはその温かさを頼りに腕を抱きしめる力を強める。
そこには、小さな黒い何かがあって、リーフはそこに顔を近づけた。
「おい、おいッ・・・・・・リー!」
「・・・・・・へぁ?・・・・・・ったぁッ!」
背中への衝撃で思わず声を荒らげる。目の前にはだだっ広い天井があって、背中は痛みで熱いが床の温度ですぐに冷たくなってくる。
ベッドから落ちたみたいだ。あまり高さがなかったからか、そこまで痛くはないが、目覚めは最悪だと言っておこう。
「お、おばさん、起こすにしてももっと優しく起こしてよ。ベッドから落とす必要ないじゃん」
「私は体を揺らしただけだ。そのままベッドの反対側まで転がって行ったのはリーだぞ」
リーフは結構寝癖が悪い。子爵家では、奴隷の子がいる所まで転がって行ったことがあり、目覚めた瞬間窒息しかけた。奴隷の子は距離を取ろうと必死に頑張ってくれていた。
「危ないから、ほんとに気をつけなさい。王子も、何事もなさそうだからよかったものの」
スフィリオがリーフの胸の方に視線を移すから、下に視線を向けると、胸元で、シルフィがモヤを出してしがみついていた。腕や首にモヤが少し絡まっている。
「あっ、王子、申し訳ありません」
モヤがいくつも腕に巻き付き、小さな手が、シャツの上を何度も叩いている。謝罪の意味も合わせて頭や背中を撫でると、シャツを掴んで大人しくなった。モヤは相変わらず巻きついたままだ。
「もう勤務時間は過ぎているぞ。帰ってこないから心配したんだ。一体いつまで寝ているんだ」
「ご、ごめん。緊張で、疲れてたのかも」
開けっ放しのカーテンからは、月の光が差し込んでいる。あたりはもう真っ暗で、一日中寝ていたことに気づく。最近グーダラせずに活動していたから、反動ってやつだろう。まぁ、二日目で何言ってんだって話だが。
「ほら、帰る用意をしなさい。いつまでもここにいては迷惑だ。リーもご飯を食べていないだろう」
「あぁ、うん、あ、王子の夜ご飯は、あ、昼も・・・・・・」
「夜は私がしたよ。全然食べられなかったが。すぐにリーの所に戻ろうとするし、リーから離すとすぐに泣いていたから」
スフィリオの言葉に、王子の体が少し強ばった。シャツを握る力も強くなって、モヤも揺れている。
「あと、すまない。世話について何をするか説明していなかったな。朝食を食べて、寝ることしかしていないだろう。あとで教えよう」
世話の方法が違っていたらしい。確かに、今日したことは食べて寝ただけ。リーフのグーダラ生活と似たようなもんだった。
「助かる、おばさん。俺も正直何したらいいかよく分からなくて」
「では行くぞ。私では王子をリーから離せないから。私は先に行っておくから、昨日居た医療室まで来なさい。一応検査もするから」
スフィリオはこちらに一礼して、さっさと出ていった。シルフィは別のことに集中していて見ていなかったようだが。
「・・・・・・王子?明日も来ますから、手を離してもらってもいいですか?」
嫌だと言わんばかりに、頭を何度も横に振る。シャツも強く握りしめて離しそうにないし、モヤも絡みついている。
困ったことに、リーフはそれを嬉しいと感じているから余計に引き剥がせなかった。どうしよう、毎日王子を引き離すことが難題になりそうだ。
「また来ますよ。そうだ、明日にやりたいこととか考えてみてください。もしあれば明日にでもやりましょう」
少し考えるように頭を傾げたが、あまり思いつかなかったのか、すぐに頭を胸に押し付けてきた。魅力的じゃなかったらしい。
「じゃあ、手を離してくれたら、明日は王子の好きなご飯にしますよ」
悩む素振りすら見せずに頭を横に振られた。
うーん、難しい。
「手を離すことが出来たら、ご褒美に、頭を沢山撫でますよ。・・・・・・別にご褒美でもないか」
自分で言っといてイマイチだったが、王子の反応は違った。小さな光をこちらに向けて、彩度を明るくしている。固く掴まれていたシャツから手を離し、モヤが薄れていく。リーフは抱えていた王子をベッドの上におろし、頭を優しく撫でた。目の光が細くなっていて、黒い手がリーフの手と重なる。もっと撫でてと言われているみたいだ。
「かわ・・・・・・ッ」
思わず出てしまった言葉を咄嗟に反対の手で、抑えるが、しばらく頭を撫でていた。鐘の音が聞こえたので、頃合かと惜しみながらもゆっくり手を離す。小さな光が、こちらを見て、宝石のような輝く雫をポロポロと落とすから、胸が痛くて仕方がない。
「また明日来ます。おやすみなさい」
頬に小さく口付けて、そっと部屋から出る。頭の奥に、王子の泣き顔がこびりついて離れないが、これからもしかしたら毎日経験することかもしれない。
まさかこんなに懐かれるとは思わなかった。そして自分もこんなに入れ込むなんて。
大きく息を吐きながらため息をついた。
昨日の医者のいる部屋まで行こうとする前に、魔道具を起動させる。気配遮断と共に結界を張る魔道具だ。スフィリオが持たせてくれた。時間はそこまでもたないらしいが、一鐘分持つらしいから十分だろう。
急いで部屋まで走り、途中人とすれ違うが、特に見られることもない。そして昨日の部屋で頭部の検査を受け、特に異常がないことを確認する。医者に、こんなに離れたところから魔法を使うのは初めてだと嘆かれた。もちろん、リーフが離れろと言った。
検査が終わり、スフィリオから子育ての本を渡される。
「おばさんが教えてくれるわけじゃないんだ」
「私が教えるより読んだ方が楽だろう」
「あぁ、うん、そうだな」
スフィリオに教えられる気満々だったのが少し恥ずかしい。今までも本で教えられるものなら本で教えて貰っていた。人と接触する機会を少しでも減らそうとリーフが望んだからだ。だからこそ、リーフの身内への言葉遣いや魔法の知識にいて指摘する人はいなかった。
「ありがと、俺もうやめたいとか言わないから」
スフィリオは小さく笑う。
「一度もやめたいなんて言ってなかったろう」
「そうだっけ・・・・・・」
最初の方はずっとやめたいとおもっていたが、ギリギリ口に出していなかったようだ。
「リーはよくやってるよ、まだ始まったばかりだから、これから頑張ればいい」
ポンポンと軽く頭を叩かれ、スフィリオについてくるようにと言われる。リーフは叩かれた頭に手を乗せていた。なんだろう、あんまり前よりは気持ち悪くない。
不思議には思いながらついて行った先は、リーフの部屋だった。今日からここに寝泊まりするらしい。
「リー以外には絶対に人が入れないように魔法をかけてある。並の解呪者では解けない。あと、護衛は嫌がると思ってな。私の召喚獣で守らせてある。安心するといい」
「な、なんか厳重すぎない?一応、俺仕事に来ただけの一介の執事だろ?」
「第三王子の世話をできるのは今のところリーだけだ。それに、その顔だと色々不便だろう」
「あ、あぁ。確かに。顔か。なるほど」
夜這いされてはたまったもんじゃない。身内贔屓もあるだろうが、賢者様の魔法をフル活用していた理由に納得した。それなら、有難く受けとっておこう。
「明日からもう第三王子の部屋まで分かるな?この部屋も戻ってこれるか?」
「うん、行ける」
「そうか、ならもう寝なさい」
「おやすみ、おばさん」
スフィリオは背中を向けて、数回手を振ったあと、ゆっくり扉を閉めた。おやすみと挨拶したものの、さっき寝すぎてもう寝れない。
仕方ないので、召喚獣と遊ぶことにした。部屋には三体おり、猫っぽい何かと犬っぽい何か、そして鳥っぽい何か。猫は尻尾が二つあるし、犬はやたら首が長くて羽が生えてるし、鳥は燃えてるし。・・・・・・火事にならないといいんだが。
リーフは召喚獣と相性がいい。彼らは、プライドが高く、崇められることが好きだ。だが人々にとって、彼らのような異形の姿は迫害の対象で、召喚獣を大切にするということをしない。しかし、リーフはそんなの関係ないと言うかのように彼らを撫で回す。
「あぁああああ、かわいいいい」
『なんや、おまえ!なにしよる!わいに触んな!』
「分かってる、ここがいいんだろ」
『なんやおまえぇ、わ、わいがこんな奴に、にゃあぁぁ・・・・・・』
顎の下を撫でればイチコロである。犬っぽい何かと鳥っぽい何かは後ずさりをしているが、リーフは逃がすつもりは無い。
結局鐘四つ分ほど構い倒し、リーフが眠くなったところでお遊びは終わった。だがしかし、外は明るくなってきている。三体の召喚獣は死屍累々といった様子だ。
「これは、また、王子の部屋で昼寝しそうだな」
軽く睡眠をとって、時間になったら召喚獣に起こしてもらい、またリーフはシルフィの部屋に向かった。
ともだちにシェアしよう!