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第9話 セイントシュガー祭①

 バレンタインデー。涼の世界ではそう呼ばれていたイベントは意中の人にチョコレートを渡す事で想いを伝えていた。  バレンタインデーと呼ばれる二月十四日は、すべての神々の女王の祝日であり、翌日の二十五日は祭りが行われる日だった。  この祭りでは、男が桶の中から女の名前が書かれている紙を引き、相手の女と祭りの間をパートナーとして一緒に過ごす。そして、パートナーとなった多くの男女はその祭りで恋に落ち、結婚した。  しかし、当時の皇帝は結婚が戦争への足枷になっていると結婚を禁止した。  これを受け、バレンタインと呼ばれる司祭はかわいそうな兵士たちのことを想い、内緒で結婚式を執り行った。そのことがやがて皇帝の耳にも入り、皇帝は激怒した。法を無視したバレンタインに罪を認めさせ、二度とそのようなことがないように命令したが、彼は従わなかった。  そのため、バレンタインは処刑された。  バレンタインの処刑日には、神々の女王の祝日であり、祭りの前日である二月十四日が敢えて選ばれた。司祭は祭りに捧げる生贄にされたという。教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論だ。  この世界では、セイントシュガー祭という似たようなイベントがある。一の月から三十日間開催されるイベントだ。このイベントは王都だけで開催されるものであり、有名な祭りの一つであることは間違いないが、どの地域に広まっている訳では無い。なぜならこのイベントは王都ならではの由縁があり、その上とてつもない金額が裏で動くからだ。  「セイントシュガー祭?聖砂糖祭?ん?白い砂糖の祭り?」  貧相な連想ゲームで行き着いたのは奇しくも間違ってはおらず、レイラウドはその通りと言わんばかりにリーフを褒める。  シルフィは興味が無いのか、レイラウドを一瞥しただけだ。リーフの腕に潜り込み、シャツのボタンが気になるようで、不思議そうに舐めている。  「リーなら知らないと思って。ほら、ここに来てから頑張ってるじゃないか。シルフィ様のお世話係」  たしかに頑張ったと、一ヶ月を振り返る。初日に散々な目にあったからか、あとは昇るだけだったが。反省で落ち込んだスフィリオは掃除用具に魔法をかけてくれるし、人とも合わないから快適であったし。リーフのしたことといえば、シルフィにご飯を食べさせ、綺麗にし、寝かせるだけ。やることなすこと全てにシルフィは喜び、甘える。素直だから文句も言わない。面倒くささより可愛さが勝つ。  しかし、頑張ったとやっぱり振り返る。何もせずにゴロゴロしている日々の自分よりはやる気を出して仕事をしているし、日に日にシルフィの態度が軟化して行くのを見るのは楽しかった。  「ご褒美くれんの?」  「うん。お祭り、参加したいかなと思って」  その言葉に固まったのはリーフだけではなかった。シルフィはモヤを色濃くさせ、リーフをそれで包みレイラウドから隠そうとしている。しかし、レイラウドはお構いなしに爆弾を落とす。  「休んでもいいよ?三日間ぐらい。休暇。どう?」  爆発した。シルフィが泣き出す。嫌だと頭を振って服に頭を押し付けてくるシルフィを、リーフは宥めようと背中をさすり、頭を撫で、ガチ噛みも甘んじて受け入れた。    「いやぁ、でも祭りとか人多いし。俺にとってご褒美というより、罰ゲームというか・・・・・・」  視界の端で黒い頭が縦に何度も振っているのが見えて苦笑する。振りすぎて頭が取れそうだ。  「・・・・・・お小遣いあげるよ?リー、お金好きでしょ?」  正確にはお金が好きなのではない。働かずに楽に暮らしたいなら金がいるという話なだけだ。  「まぁ、好きだけど。何?そんなに祭りに行かせたいの」  シルフィがそろそろ限界だ。モヤのはずなのにどことなく尖ったような気がする黒い凶器がレイラウドに近づいていっている。  「ありがとう、リー。行ってくれるの?」  「まてまて。そのパターンほんとやめろ」  思い込みが激しい宰相と口での言い争いは本当に危険だ。危険というか、間違いなくやばい。勝てない。  「ンン゙、い、行きませんよ」  黒く小さな手がリーフの腕を強く握りしめる。握りしめると言うよりは、抓られている。リーフは痛みで顔が引き攣っていた。  「ご褒美なら祭りじゃなくて、金だけちょうだい」  レイラウドは微笑むだけで肯定はしない。リーフに向けられる細い視線にどうにも落ち着かない。無言の圧をかけられているようだった。自分の周りには得体の知れない生物だらけだと内心疲弊する。  「お金だけじゃつまらないよ。それに、僕もお金だけあげるのは寂しいなぁ。僕のことは金蔓としか思ってないのかなぁ」  若干のウザさを感じ、執拗いと腕を捻りたくなる。それに、話の論点がズレてきている。リーフが頑張ったからご褒美をくれるのではなかったのか。  やっぱり褒美はいらないと断ろうとした時に、レイラウドは何かを察知したのかリーフではなく、リーフの腕の中にいるシルフィに目を向けた。  「シルフィ様、今日は何の日だと思いますか?」  よくそんな自分を睨む幼児に声をかけれるなと変な関心を抱きながら、リーフは溜息をつく。  シルフィは睨みつつも、なんだかんだレイラウドには無視をせずに少し時間が経ってから分からないとでも言うかのように頭を振る。  リーフが世話をする前はレイラウドがしていたから、リーフほどには懐いていないにしてもシルフィにとって数少ない信用できる大人に違いなかった。シルフィには、自分の懐に入れた以外のものには極端に冷たい対応を取る傾向がある。レイラウドはギリギリのラインに立っていると言ったところだろう。  「今日はセイントシュガー祭の最終日ですよ。初日は白いものをひとつ作ったり、買っておきます。それを最終日まで持っておいて、好きな人にあげるんです」  「なんで?」  「セイントシュガー祭はそういう祭りなんだよ。この祭りは英雄のために作られたんだ」  へぇ、とよく分からかったので適当に相槌を打つ。レイラウドは「本当に知らないの?」と少し驚いた様子だ。  ひとつ頷くと、レイラウドは語りだした。  ーー昔。  どこからともなく現れた異世界の英雄が、魔王を救った救世主として、国の姫と婚姻を定めた。しかし、英雄は運命に引き寄せられるように彼女と出会う。  シュガレット。  貧乏子爵家の私生児。一度夜会で出会ったきり、一度も出会うことのなかった不思議な女性。彼女はなぜか平民になっていた。英雄は出会ってしまった。結婚式の日に。パレードで城下町を通る時に目が合った。それだけで彼は諦めた恋を再燃させた。  シュガレットもまた、彼に恋をしていた。しかし、2人がどうにかなる運命はないということを共に理解していた。  シュガレットを見つけた時には、国の姫に新しい命が宿っていたからだ。望まない結婚とはいえ、英雄が何もかも捨てて彼女の元に行くには遅すぎた。  しかし、国の姫も気づいた。英雄が他の女性(シュガレット)を見ていることに。姫は悲しんで、国王に頼んだ。女を殺して欲しいと。  国王はすぐにシュガレットを探し出し、殺してしまった。英雄は、白く積もる雪の中で無惨に横たわるシュガレットを見つけた。  嘆き怒り狂った英雄は国王を殺し、この国を滅ぼそうと考えた。しかし、英雄は雪が降る一の月には戦わなかった。一の月はシュガレットが死んだ月だった。ただ、シュガレットのために英雄は祈った。  しかし、英雄は国を滅ぼす前に殺されてしまう。勇者と呼ばれるものが立ち上がったからだ。殺されたのはシュガレットの生まれた地でのことだった。英雄は、一年中雪が降ると言われるシュガレットの故郷を血で濡らすことが出来ず、無抵抗のまま殺された。  それから人々は勇者を崇めた。しかし、また同じことが起こらないように、一の月になると、英雄とシュガレットに祈りを捧げた。それからこの国では、誰もが身分関係なく自由に婚姻を挙げられるようになる。  月日がたち、人々は一の月を恋人たちの日と呼ぶようになる。好きな人に白い贈り物を渡すとその恋が叶うと言う。  一の月はセイントシュガー祭と言われるようになった。  「セイントシュガー祭が始まると、家の壁を白くして、身につけるものや着るものも全部真っ白にするんだ。白くすることで英雄(厄災)除けにもなると言われている。白はいわばお守りのようなものだ。それを大切な人に渡して、愛を誓う」  セイントシュガー祭の由来を聞いたリーフは、その内容の重さにドン引きしていた。それに、彼女と言っても男だ。要はこれは男同士の物語だ。セイントシュガーの物語を想像するには、リーフの想像力はかなり足りなかった。  それに、祭りの目的は英雄に祈りを捧げることであるのに、いつの間にか英雄避けと呼ばれる白いお守りが愛を示すために使われていることが皮肉だと思った。しかし、この話を聞いて、城下町までの道のりで驚くほど真っ白だった理由が分かった。セイントシュガー祭だから白くしていたのだろう。  それより、とシルフィに目を向ける。白という黒とは真逆の存在に落ち込んではいないかと少し心配になったからだ。しかし、そんな様子はなく、ただ物語に夢中になっているようだった。  「シルフィ様、白いお守り欲しいと思いませんか?」  シルフィは小さく頷く。  「リーフから欲しいですよね?」  シルフィは三回頷いた。  「え、俺?用意なんてしてないけど」  リーフはなんだか嫌な予感がしつつも、気の所為だと頭を振る。  「雪の苺で作ったジャム、実はスフィリオが時空魔法を使って保存してあるんだよ」    雪の苺。アルドノリア子爵領地ではどこにでもある真っ白な野いちごだ。アルドノリア領地でしか実らない特殊な白い苺で、貴重性から特産物となっている。栽培も簡単で、儲かるため雪の苺を栽培している農家は多い。  雪の苺のジャムは、リーフが王城へ向かう時間を引き伸ばすために敢えて作ったものだ。スフィリオが乗った馬車の蹄の音が聞こえてから慌てて作り始め、時間をギリギリまで引き伸ばしていた。雪の苺のジャムはレシピ通りに進めたものの、所詮は素人の適当な手作りである。  「え、あれ、王子にあげるにはちょっと・・・・・・」  リーフなら食べたくない。ジャムなんて、砂糖を煮詰めて作っているわけだし、他に材料も入れていない簡単なものだから味は問題ないだろうが、そういう問題ではない。雪の苺は正規の店で購入した訳ではなく庭に生えていたものを適当にむしり取っただけであるし、食べて食中毒になろうものならどんな罰を受けることになるやら。  「え、むりむり。ほんとに無理」  全力で拒否の姿勢をとるが、レイラウドは笑っていた。レイラウドが笑えば笑うほど、リーフは嫌な予感が増していく。  「シルフィ様。リーはシルフィ様が嫌いだからあげないって言っているわけじゃないんですよ?きっと他に何か理由があるに違いないです。シルフィ様にあげられないなんてよっぽどなにか理由があるんでしょうね。嫌いとかは無いと思いますが」  シルフィはレイラウドの「嫌い」という単語に物凄く反応している。こちらを掴んでいた手が緩み、小さな目の光が収縮を繰り返し、今にも涙が落ちてきそうである。  「い、いや、ほら。手作りだからお腹壊したら、ダメだし。美味しくないかもしれませんよ。そこら辺にある雪の苺をむしっただけですし?得体がしれないし、やめときましょう」  必死に説得しようとするが、レイラウドは追い打ちをかけてくる。  「そういやスフィリオは美味しいと言ってましたね。体調を崩すことなくピンピンとしてますし、う〜ん、こんなにシルフィ様に渡したくないなんて、他に理由がとしか。やっぱり、きら」  「〜〜〜ッ分かったから!あげればいいんだろあげれば!!」  レイラウドのいやらしい表情は、シルフィを宥めるリーフには見えていなかった。シルフィは単純に大好きなリーフから、愛を示す白い贈り物が貰えることに喜んでいる。  「時空魔法を使ったはいいんだけれど、それは今はないんだ。城下町の“ま〜くんのみせ”という店舗に預かってもらっているんだ。取りに行って欲しい」  「いや、む、むりでしょ。城下町?嘘でしょ?自分で取りに行ってよ。てかなんでそんな所に俺の作ったものがあんの!?」  「・・・・・・そりゃ、いっぱいあったからお裾分けしようと思ってね。まあでも、あの人は甘いもの嫌いだからまだ食べてないんじゃないかな。保存魔法もかかってるし。僕は実は会議があるんだ。どうしても抜けられなくてね、リオも一緒に参加しないとダメだし、しばらく城から出れないんだよ。あの店の主人ほんとに気難しくて、誰でも入れるわけじゃないし。僕の甥だと言えば通してくれると思うから」  「お、俺が行かなくても瞬間移動で荷物飛ばしてもらえばいいだろ?なんでわざわざ」  レイラウドは残念な子を見るかのようリーフに哀れみの目を向ける。  「は、はぁ!?何ッ、あ!?」  レイラウドに一言申してやろうと思ったが、レイラウドが何故か一瞬で消えてしまう。リーフが何かを言う前に、瞬間移動したらしい。言い逃げはズルい。レイラウドは魔法を使えないからスフィリオが魔道具でも持たせたのだろう。あの二人はグルだ。  「お、王子、私が一日、いや、三日いなくても平気なんですか?」  期待を込めて、シルフィを見る。  シルフィは雪の苺ジャムが欲しいと言わんばかりに、白い光()からスパンコールのような火花を散らしている。リーフが三日いないことと比べると、比重はジャムに傾くらしく、何度も縦に頷く。  最後の綱が切れたリーフは勘弁してくれと唸った。

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