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第3話
涼やかな声色で名前を呼ばれて驚いた。彼の顔を見ると俺の胸元へ視線が固定されている。なるほど、俺の社員証を見たわけか。
「ええ、そうですが、どこかでお会いしましたっけ?」
少々感じ悪く答えた俺に、彼はふわりとその顔に笑みを浮かべると、
「良く電話やメールではやり取りをしているのですが。初めまして、私は水無月です」
その名前に、えっ、と俺は驚くと急に彼のフルネームを思い出す。
水無月馨 ――。
俺が今、担当している大手精密機械メーカーのシステム責任者の一人だ。今回、そのメーカーは本社システムの大規模な刷新を行っていて、来月からは客先での現地テストが始まる予定になっている。
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