30 / 140
第30話
「駅前のホテルの客が朝から窓辺でイチャついているって。まだ誰も水無月さんとは気づいてないけれど、よく似ているって女子社員の噂のネタになっているんです。あの駅はうちの他の社員も多く利用しているんですから、身元がバレるのは時間の問題っすよ」
彼はコートのポケットから右手を出すと、その細い指を下唇に添えて何かを考え始めた。伏し目がちの瞳を飾る長い睫毛が薄暗がりにもはっきりと目に捉えられて、俺は少しドキリとする。
「そうか、他の人にも見えてはいるんだ」
ぽつりと呟いた彼の言葉の真意が読み取れなくて、えっ、と聞き返した。でも水無月はその俺の問いかけには答えずに、
「ご忠告ありがとう。やっぱり木崎君はいいヤツだね。僕を心配してくれるんだ」
ともだちにシェアしよう!