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第93話
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寒さに肩を竦めて駅へと歩く。ほう、と吐き出した息は歩道の街灯で仄かなオレンジ色に染まって少しだけ暖かそうに見えた。
時間は午後十一時。これなら余裕で電車に乗って自分の家に帰れる時間だ。
今夜は水無月のところには寄らずに自宅に帰ろう。そして、覗かれる心配をせずにゆっくり湯に浸かって、このイライラを整理しよう。
そう考えて水無月の泊まるホテルの前の路地を横切った時だった。
「だから君には謝礼を渡したじゃないか!」
ホテル裏に続く路地の奥から切羽詰まった声が響く。普段なら酔っ払いの揉め事だろうと無視を決め込むのだが、これは俺の良く知る声だ。自然と路地の街灯も照らさない薄暗がりへと足が進み始める。
近づくにつれ、その揉め事は俺の耳にはっきりと聞こえるようになった。
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