4 / 12

第4話

 前原の仕事は本格的にトラブったらしい。連日帰宅が深夜になり、雰囲気も殺伐としていた。俺は変わらず、日本語の勉強をしたり時たま教わった料理を作って待っていたりした。言葉をかけて欲しそうな時には何か言葉をかけるが、そうでない時は迷わず何も喋らなかった。  そのうち家に出入りする部下が増え、常時警戒体制になっていっても、俺は変わらずに過ごした。流石に窓辺に安易に近づかなかったり、食事は極力自分で作ったものを食べるなど基本的なことはやっていたが、それ以外はむしろ久々の緊張感が心地よいとすら感じていた。 「何も言わないんだな」 「ダッテ、前原さん、ヤクザ、でしょ?」 「……物分かりが良くて助かるが……本当にお前はそれでいいのか?」 「僕ハ、もう何もモッテナイカラ……前原さんのジャマにならなきゃ、それでいい……」 「お前の命も危ないかもしれないぞ?」 「僕の命……僕ハ一度シンデイルカラ、前原さんとイッショに居ればソレデイイ」 「一度、死んでいる?」 「ソウ、一度シンダ……ソシテナニモカモステテ、お母さんとの記憶だけが残った」 「……今度、詳しく、話してくれるか?」 「死ぬマエノコトハ、ゴメンなさい、言えない。僕が皓也になる前のコトハ……イエナイ。ゴメンなさい」  それは桐谷 皓也は警察と俺とで作った存在だ。前原を裏切るようだが、前原との関係を結んでいるのは皓也だ。皓也の存在自体を危うくすることはしたくないのだ。だから皓也になる前……皓然(ハオラン)でいた頃の事は話せないのだ。 「……そうか」  だから俺も前原がなぜヤクザをやっているのかは聞かない。身振りから普通以上の家庭で育っていることはわかるがそれ以上は詮索しないことにしている。前原の何らかの欠落に触れて、自分がどうなるか予想がつかないからだ。同時に俺の欠落に触れた前原がどうなるか分からないのが怖い、と言うのもある。お互いにどうしようもない欠落を抱えて生きていることがわかった時に、それを埋め合える保証などどこにもないのだから。  だから俺は前原がたまたま拾った男妾で、それを超えることもそれ未満にもなりたくない。月並みな言葉で表すなら、この関係を壊したくないからだ。  しかしこれは仕方のないことだが前原の部下は俺も警護対象としているらしく、傍からみたら俺は前原の弱点だ。最初は俺を警護対象にしなくても良いと頼もうとしたが、客観的に前原の自宅に自由に出入りしている時点で只者ではないのは明白なので止めた。だからなるべく前原の邪魔にならないように過ごすことが俺の役割だと思って生活している。  前原の部下が二十四時間体制で常駐しているため、最近セックスはしていない。しかし廊下ですれ違いざまにキスをしたりはしていた。  しかし前原の方は限界だったのか、部下の目を盗んで廊下の端っこで捕まれ、いきなり深いキスをされた。 「ん、んんん……、前原さん、ドウシタの?急に?」 「いいから……」  そう言って前原はお互いのズボンを素早く下ろすと既に勃起している前原の中心とそうではない俺の中心を合わせて擦り上げた。 「ぁ、……っ」  俺は慌てて口を塞いで喘ぎ声が漏れないようにした。それにも構わず、前原はグチグチと音を立ててお互いを擦り付け合う。 「……ぅ、ぁ」  喘ぎ声が漏れる寸前で前原に口を塞ぐようなキスをされ、俺は窒息寸前になる。 「……ふ、ぁ、」  息継ぎもやっとの思いだ。前原はさらに露骨な手つきで俺と彼の中心を高めていき、ドクドクと射精の前兆が現れてきた。 「……も、ぃ」  前原はわかったとでも言うようにより手の動きを激しくし、カリのあたりを重点的に攻めてくる。こうされるとあっという間に絶頂を迎えてしまう。 「……ぁ……!」  お互いに射精しお互いの中心は精液まみれになった。俺は素早く自分のベタつく性器をしまうと。前原の性器を咥えて舐めて清めた。しかし前原の中心は萎えず、俺は俺で性器は萎えないし後孔は物足りないしでどうしようかと思ったが、部下達の気配がしなかったのでさらに前原の性器を舐めた。 「んんん……ふ、ぁ」   俺は同時にズボンの中で己の性器にかかったお互いの精液を使って後孔を解すと奥まで指を突っ込んでぐちゃぐちゃとオナニーをする。前原の性器を咥えながら彼を見上げると彼の顔は明らかに興奮していて、喉の奥深くまで性器を突っ込まれる。それにすら興奮してしまった俺は後ろの快楽だけでイきそうになる。  もうイきそう、と伝えようと思った瞬間、俺は前原に立たされ、ズボンを膝まで下ろされると、後ろから挿入された。 「……っ、ぁ!」  既のところで声を抑え、俺は挿入された勢いで達してしまった。ビュクビュクと俺の精液が廊下の壁にかかる。足はガクガクと震え、立っているのがやっとだ。そのまま壁に両手をつき、後ろから攻められる。声を抑えているのでかえって興奮が高まり、何度も何度も射精してしまう。  後孔の前原もいつもより熱く、激しく腰を打ち付ける。俺は部下の気配がいつするのかと気が気でないのと快楽とでおかしくなりそうだ。 「……、ぁ、ぃ……っ」  ぱちゅん、ぱちゅんと言う水音が廊下に響く。こんなに緊迫感がある状況だからこその興奮。前原が一層中で大きくなり、ドクドクという射精の前ぶれを感じた。俺は後ろを向き、前原にキスをねだる。前原はそれに応え、深い口付けをし、俺の中に射精した。精液が太ももを流れ落ちる感覚にすらゾクゾクと感じてしまう。  秘めたセックスが終わり、前原が中から出ていく。まだ欲したい気持ちがあったが、流石にもう潮時だろう。さっきと同じように前原の性器を啜り舐め清めると前原は軽いキスをして去っていった。俺は壁にかかった精液を服で拭き取ると、風呂場へ直行した。  今回の件は、前原の部下たちから立ち聴いた話と俺の憶測が含まれるが、前原のシノギにいっちょかみさせろとねじ込んできた二次団体が居て、それを断ったら昔の恩だとか何だかを盾に強引に迫られているらしい。上層部は話し合いで解決しようとしているが、二次団体の方の若い衆は血気盛んで上部団体の若頭にさえも鉄砲玉を喰らわすと意気込んでいるやつがいるらしい。それでこの有様というわけだ。中国でならそいつを海に沈めて仕舞いだが、日本の警察は優秀だし滅多なことでは賄賂も効かないと聞くので、なるべく合法的な範囲で動こうとしているのだろう。  そういうわけで前原は二次団体の幹部と連日打ち合わせをしているが、これがてんで話にならない連中らしい。おそらく若くして一次団体の若頭になった前原が気に食わないのだろう。日本は不思議な国で、資本主義なのに金を稼げる奴が偉いという図式にはならないらしい。叔父貴だとか盃だとかよくわからないシステム、所謂「義理」という謎の原理が働き、碌なシノギのないやつでも偉かったりするらしい。中華マフィアの方が余程資本主義の原理に基づいているし、復讐方法はハムラビ法典が元になっているかのようにシンプルだ。殺しが上手かったり謀略に長けて金を稼げる奴が即ち偉い。俺はどっちもできたからのし上がることができた。  俺は日本の黒社会に生まれていたら果たして生き延びれただろうか?中国とは異なり警察も甘くなく「美しい」この国で。  前原はきっと俺より注意深く、思慮深い。「義理」なんてものを切り捨て、合理的判断でのみ動く俺より様々なことを抱えて生き延びてきたのであろう。俺は切り捨てた。奪い取られたから、奪い、切り捨てる。きっと前原ならば……俺と同じ選択はしないだろう。  だからといって俺は前原に何か忠告したりする事はない。中華マフィアと日本のヤクザではそれぞれ行動原理も、文化も、何もかも違うからだ。何より俺「桐谷 皓也」は一般市民として行動しなくてはならない。  でも。  もし万が一前原に危険が及べば俺は俺自身の行動原理に従って行動する。俺は優先順位だけは違えたくない。

ともだちにシェアしよう!